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報告者 / 辰巳 敬三 (NPO ASTER)
ソフトウェアテストの国際会議 ICST 2016 (9th IEEE International Conference on Software Testing, Verification and Validation 2016)、及び併設のワークショップにASTERの国際調査活動メンバーの一員として参加しました。また、来年は東京でICST 2017を開催することが決まっており、運営チームの一員として、開催準備のための情報収集や来年の参加の呼びかけも行いました。
ICSTそのものの概要はICST 2012参加レポートを参照してください。
( https://aster.or.jp/activities/investigation/icst2012.html )
今年は北米開催の年にあたり、米国イリノイ州シカゴで2016年4月10日~15日に開催されました。運営委員長はイリノイ大学シカゴ校(University of Illinois at Chicago)の Mark Grechanik助教授が務められました。
開催地のシカゴは人口約270万人で、2014年の総合的な世界都市ランキングでは、ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京、香港、ロサンゼルスに次ぐ世界7位の都市と評価されている大都市です。19世紀後半から20世紀中盤まで、アメリカ国内の鉄道・航空・海運の拠点として、また五大湖工業地帯の中心として発展した歴史があります。
また、シカゴは摩天楼発祥の地とされ、現在もダウンタウンの高層建築群は壮観でシカゴ観光の見所のひとつです。今回のICSTの会場はシカゴ川沿いにあるHoliday Inn Chicago Mart Plaza River Northで、町の中心から少し離れていますが高層階の部屋からの夜景は素晴らしいものでした。
アメリカらしさを味えるスポーツ観戦という点ではシカゴは非常に楽しめる都市で、メジャーリーグ2チーム、アメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケー、サッカーの計6つのプロスポーツチームがあります。筆者も会議終了後の夜にリグレー・フィールドで地元のカブスの試合を楽しむことができました。
会議への参加費は、本会議がIEEE会員(早割):$649、非会員(早割):$699、ワークショップが会員(早割):不明、非会員(早割):$240 でした(参加費用には朝食、昼食、Reception、Banquetが含まれます)。過去のICSTの参加費と比べて本会議は少し安く、ワークショップは少し高く設定されていましたが、これは本会議とワークショップ参加人数の見込みの違いによるものかもしれません。
当日の受付けでは、プログラム冊子と論文集のUSBメモリが入ったクリアフォルダと名札、それにReceptionの飲み物チケットとBanquetの入場チケットが渡されました。論文集は2014年まではWebからダウンロードする方法でしたが、昨年からUSBメモリで配布されるようになりました。来年の日本開催では参加者への配布物はどのようなものにするとよいでしょうか。
今回は全体の会期が4月10日(日)~15日(金)の6日間で、これまでより1日長く設定され、本会議が12日~14日の3日間、ワークショップが本会議前の10日、11日の2日間、本会議後の15日にIndustrial papers、Tool Demos、Doctoral Symposiumが開催されました。また、本会議初日の夜はReceptionを兼ねたポスターセッションの時間でしたが、会場前で飲み物とつまみが提供されたので、会場外で会話する人が多くなっていました。来年のICST東京開催でも同様の運営を行う場合は、参加者の動線を考慮した流れを検討する必要がありそうです。
今回のICSTでは本会議のセッションが、従来のパラレルトラック(同じ時間帯で複数の発表が行われる)からシングルトラック方式に変更され、参加者全員がすべての発表を聴講できる運営形態になりました。これにより参加者はセション会場を渡り歩くことなく、いろいろな発表をじっくり聴講できるようになりました。最終日のクロージングセッションでのシングルトラック方式の感想の確認では「よかった」という参加者が多かったようです。ただ、シングルトラックだと日程的にはきつくなるため、1日長い開催期間になったと思われます。
今回のICSTの参加登録者は約200名とのことでした。オープニングセッションで参加者の国別内訳などの報告がなかったので参加登録状況の詳細は不明ですが、これまでの北米開催の中では最も多くの参加者になったそうです。
本会議のResearch Track (Technical Paper)には130本の論文投稿があり、34本が採択されました(採択率26%)。日本からも論文1本が採択されています。昨年のICST 2015では日本人著者が関係する論文が3本採択されていたので今年は少し寂しい結果となりました。
投稿論文の国別の著者数(共著者含む)の上位国は以下のとおりとなっています。
ワークショップ、Industrial papers(産業界発表)、ツールの論文採択件数は以下のとおりです。
日本からの発表は本会議の1件とワークショップ等の6件に加えて、InSTAの招待講演とTAIC PARTのオープンセッション発表があったので合計9件でした。
日本からの参加者は、InSTA(テストアーキテクチャ・ワークショップ)やASTER関係の7名に加えて、企業-4名、研究機関-1名、大学-1名の合計13名でした。大学からの参加者がもう少し増えてほしいものです。
本会議は各日とも最初の時間帯(9:00~10:00)が基調講演、その後に発表セション(2時間)が午前に1枠、午後に2枠という構成でした。前述のとおり、発表セションはシングルトラックで運営されました。
基調講演3件のタイトルと講演者は以下のとおりです。これまでのICSTの基調講演では1件は産業界の方の講演でしたが、今回は3件ともアカデミアからの講演でした。講演内容はそれぞれテーマが異なるソフトウェアテスト分野の最新の研究とその実践状況に関するもので、今後の取り組み課題が提示されました。
医療基盤のような超大規模ソフトウェア集約的システムや高度道路交通システムのような高保証サイバーフィジカルシステムにおいて、高保証の自己適応システム(利用環境の変化を検知して自分自身を変更する機能をもつシステム)が様々な環境の不確実性(Uncertainty)に対応する技術の研究状況の講演でした。自然(Nature)や生命(Bio)からインスピレーションを得た技術を用いるアプローチが興味深かったです。昨年のICSTのMark Harman教授のSearch based software testingの技術とも関係するテーマでした。
ソフトウェアテスト分野の研究の過去40年を振り返ってテストのコミュニティがこれまでに達成できたことを整理するとともに、これまでの成功をもたらした戦略が将来の成功を約束するものではないという認識から将来に向けた課題が提示されました。過去40年については10年間隔で次のように整理されていました。
また、今後5年~10年にソフトウェアテスト分野が対応すべきトレンドとして以下の5つがあげられました。
サイバーフィジカルシステムにおいて、特にセーフティクリティカルシステムを確実、安全に機能させるために不可欠なRuntime Verification(実行時検証)の研究の講演でした。Runtime VerificationはMonitoring(監視)とも呼ばれ、システムのアウトプットに基づいてそのシステムの動作の正確性をチェックする手法です。この講演ではシステムの時間的特性を監視するための課題と解決アプローチが紹介されました。
これまでのICSTの本会議では発表セッションは複数の部屋で並行して発表が行われるパラレルトラックで運営されていましたが、今回は初めてシングルトラックとなりました。なお、従来は本会議の日程に組み入れられていたIndustrial papersとTesting toolsの発表、従来はワークショップと並行して開催されていたDoctoral Symposiumが本会議の翌日に行われました。
本会議のメインであるResearch Trackはつぎの9つのセションに分けて合計34件の発表が行われました。
昨年と比べてセッションの分類に大きな変化は見られませんでしたが、これまではなかった"Unit Testing"の分類が今回設けられたのは、改めてUnit Testingに着目する研究者が増えたようで興味深い傾向です。
Mutationのセッションでは本会議で唯一の日本からの発表者である富士通研究所の徳本氏の発表がありました。
Industrial papersのセッションでは4件の発表が行われました。この内の1件は日本から富士通研究所の谷田氏の発表でした。また、映像ストリーミング配信で有名なNetflix社の方の発表もありました。Netflix社はChaos Monkeyなどの故障注入ツールを開発して積極的に異常発生テスト(Failure Injection Testingと呼ばれている)を実施していることで有名で、それらの手法をまとめたChaos Engineeringの紹介でした。研究者にとっても興味深い取り組みのようで多くの聴講者がいました。 Doctoral SymposiumはPhD Symposiumとも呼んでいるようですが、博士論文を書こうとしている学生が現在までのアイデアと進捗を発表し、各国の研究者や参加した他の学生と質疑応答を行う、という形式で進められていました。参加した学生も研究者も6名ずつくらいで、こじんまりとしていましたが、大変熱心に討論が行われていました。自分の研究の最中に一流の研究者にコメントをもらえるというのは大変な刺激になったことでしょう。日本の学生さんにも是非このような経験をしてもらいたいと思いました。
コーヒーブレークや昼食、初日夜のReception、二日目夜のBanquet(晩餐会)は他の国からの参加者と知り合える絶好の機会です。ASTERのICST 2017運営チームでは来年の東京開催のチラシを持参し、コーヒーブレーク会場内のテーブルに置いてもらうことにしました。また、Receptionではチラシを配りながら多くの人に来年のICSTの東京開催を案内しました。このチラシは、我々日本人がいろいろな参加者に話をするきっかけを作ってくれるよいツールになりました。 このような国際会議では世界の著名な研究者とも話ができるのも楽しみのひとつです。今回はReceptionで、テストの教科書 "Software Testing and Analysis: Process, Principles and Techniques" ( http://www.amazon.co.jp/dp/0471455938 )の著者のMauro Pezzè教授(イタリア)とお話することができました。書籍は改版作業中とのことでしたので、いずれ日本でも翻訳版が出せればよいと思いました。 Banquetは毎年ICSTの主催元が会場選定や余興に趣向を凝らしています。今回は昼食と同じホテルの会場でのビュッフェ形式でした。昼とは違ってテーブルに置かれたワインを味わいながらの格式張らない晩餐会となり、遅い時間まで会話がはずみました。Banquetの途中では、恒例の最優秀論文、最優秀ツール論文の発表が行われ、プログラム委員長(Program Committee Chairs)から受賞者に表彰状が授与されました。来年のICST東京開催ではプログラム委員長を務められる鷲崎先生から授与されることになるのでしょうか。
日本から提案したInSTA(運営委員長は電通大・西先生)を含め、5つのワークショップが本会議前の2日間に開催されました。
以下では私が2012年の第一回から継続的に参加している組み合わせテストワークショップIWCTの状況を中心に報告します。
今回の投稿論文数は18本でこれまでで一番少なかったそうです。第三回までは20本前後の投稿数で昨年は29本に増えたのですが、今回は以前のレベルに戻りました。この分野が成熟してきたということかもしれません。ワークショップでは基調講演1件と論文10本(採択率56%)の発表が行われました。国別の内訳はつぎのとおりです。
基調講演はアリゾナ州立大のCharles Colbourn教授の "Coverage, Location, Detection, and Measurement" でした。Colbourn教授は組合わせ論(Combinatorics)とコンピュータサイエンスを専門とされ、2000年代前半からcovering arraysをソフトウェアテストに適用する研究を開始し、多数の組み合わせテストの論文を執筆されている方です。基調講演では、ソフトウェアの振る舞いに影響を与える組み合わせを検出するためのcovering arraysの研究の紹介でした。
論文発表では日本から早稲田大・鷲崎先生の発表がありました。鷲崎先生はInSTAで招待講演をされたあと、IWCTにまわって発表されました。論文発表者の中に、クラシフィケーション・ツリーによる組み合わせテストツールTESTONA(旧称CTE/XL)を開発、販売しているBerner & Mattner社(ドイツ)のPeter Kruse氏がおられ、今回知り合うことができました。
IWCTワークショップ終了後は、毎回恒例の懇親会が開催されました。場所はホテル近くのRiver northにあるLou Malnati's Pizzeriaというシカゴ名物のピザのレストランで、人気店らしく入店待ちの行列ができていました。深いフライパンで焼かれた分厚いディープディッシュピザを食べながらワークショップ参加者との懇親を深めました。
InSTA(テストアーキテクチャ)ワークショップでは、Fraunhofer FOKUS研究所・Axel Rennoch氏の基調講演、早稲田大学・鷲崎先生の招待講演に続き、電通大・西先生、日本IBM・増田氏、日本HP・湯本氏が発表されました。
TAIC PART(産学連携)ワークショップでは、産業技術総合研究所の北村氏が共同運営委員長を務めるとともに、最新テクノロジーセッションでご自身の組み合わせテストツールに関する発表もされました。
A-MOST(モデルベースド・テスト)ワークショップでは、豊田中央研究所の石井氏が発表されました。石井氏は3年前のICST 2013に参加された方(今回の論文の共著者でもある)と同じ部署におられるそうです。近くに国際会議参加経験のある方がおられると、少しは海外発表に対する心理的ハードルが下がるのではないかと思いました。我々ASTER関連の参加者も日本のテストコミュニティによい影響が与えられればと思います。
来年のICST 2017はいよいよ日本での開催です。本会議最終日のクロージングセッションでは、ICST 2017共同運営委員長の電通大・西先生が、ICST 2017 Tokyo を紹介し参加を呼びかけられました。
現在、共同運営委員長のAtif Memon教授(メリーランド大学)と西先生を中心に精力的に体制作りが進められており、運営委員会(Organizing Committee)の委員が着々ときまりつつあります。
これら運営委員以外に、日本国内の運営スタッフ(Local Arrangement Team)を組織する必要があります。私もスタッフの一員として関係者の方々とともに準備作業を進め是非成功させたいと思います。
みなさん、来年のICST 2017 Tokyoへの論文投稿、参加を是非ご検討ください。ソフトウェアテストの研究者、技術者、学生にとって、きっと貴重な経験が得られる筈です。