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イベント報告
ソフトウェアレビューシンポジウム 2020

2020年10月26日(月) 於 オンライン開催

ソフトウェアレビューシンポジウム 2020

はじめに

今回は Zoom + Slido によるオンライン形式で開催された。事務局と講演者は会場に集合し、十分な3密対策のもと進行されていた。
実行委員長風間氏によるオープニングにて、オンライン開催にもかかわらず、昨年と同等の参加人数となったことに対して、謝辞が述べられた。
続いて当イベントの狙いや、聴講者アンケートの内訳を紹介された後、「JaSST Reviewを通じて、改めてレビューを見つめなおしてみましょう!」という宣言のもと、シンポジウムが開始された。

講演
「専門書が出版されるまでの編集者の思考と行動
~編集者はどのように校正・校閲しているか~」
鈴木 兄宏 氏 (日科技連出版社)

鈴木氏の日常業務

鈴木氏は冒頭、書籍の校閲という仕事の内容について説明された。
「著者の主張を、読者にとって理解しやすい内容となるよう、手助けすることである」と述べるとともに、実際の編集業務で得た教訓を紹介された。

講演オファー

今回実行委員の安達氏からは、どのように著者に寄り添い、どのようにレビューするのかを話してほしい、と依頼があったとのことである。

編集業務とレビュー

ソフトウェア開発におけるレビュー活動にオーバーラップさせながら、書籍の校閲作業について説明された。すべてのステークホルダーの視点で査読することが重要であるとのこと。また、品質を引き上げる方法論や、難解な文章を読み解くポイント(下記4点)を紹介された。

  • キーセンテンスは何なのかに注力する
  • 接続詞(接続表現)に敏感になる
  • キーワードに着目する
  • 著者の用語定義を正確に理解する
出版業界を取り巻く現状

新刊書を購入することは、文化的な活動を支援することにつながる。出版社という文化機関の存続と、著者の執筆意欲高揚にご支援いただきたい、と締めくくった。

筆者感想

「著者=開発者」、「読者=システム利用者」という関係性、さらに「校閲」と「レビュー」と、業界は異なるが同じ目的の下での活動について、実際の校閲業務について臨場感あふれる話が聴け、非常に興味深く感じた。
紹介していただいたノウハウの中には、私自身が現場で活用したいと思えるものが多くあった。

事例紹介1
「刺激語カードを用いたソフトウェアレビューの実践について
~アイデアを刺激し意識外から観点を得る~」
中塚 裕美子 氏 (エムスリー)

刺激語法の導入経緯

レビュー活動において、「時間をかけても、検出できないような観点が漏れていた」ことが原因でシステム障害が発生しており、これを改善するためのレビュー手法を模索した結果、刺激語法導入に至ったとのことである。

刺激語法のメリット

「きっかけがなくては気づけない問題に、気づくことができる」など、刺激語法のメリットを紹介した上で、成果の事例を紹介された。
続いて今後の課題として、適切な刺激語を選定・活用し情報として蓄積することや、レビュープロセスの見直しが挙げられた。
最後に、刺激語法を活用する上での工夫として、様々な立場で知見のあるレビューアに参加してもらい、慣例的なレビュー手法に固執しないよう提言された。

筆者感想

アイデア出しなどで用いられる刺激語法を、レビューの現場に応用するという発想に、驚嘆した。現状のプロセスにない新しい手法を模索する姿勢を、私自身も持ち続けたいと感じた。

事例紹介2
「レビューイの力を引き出すフィードバックのチューニング~チーム外からの支援で見えてきた、成熟度に応じた「問いかけ」の調整方法と各種レビューへの適用可能性~」
常盤 香央里 氏 (グロース・アーキテクチャ&チームス)

演題を以下3つのカテゴリーに分けて、スクラムチームコンサルティング事例と改善効果について紹介された。

1.レビューイの力を引き出す

レビューイの成熟度に応じて、レビューアからの指摘内容や方法を切り替えることで、レビューイの能力・やる気を向上させる効果。

2.フィードバックのチューニング

レビューのフィードバックを、相手の成熟度に応じてチューニング(調整)することで、チームとしての主体性を向上させる効果。

3.各種レビューへの適用可能性

レビューア、レビューイ共にお互いの力引き出すことで、成果物そのものだけでなく自分自身が成長し、また、他のレビュー活動にも影響を及ぼす効果。

最後に、レビューイもレビューアも、お互いの力を引き出し、成果物と一緒に成長できるレビューを実現しましょう、と締めくくった。

筆者感想

CMMIのように、一定の尺度で組織の成熟度を推し量る活動についての知識は持ち得ていたが、レビューアやレビューイという一個人の成熟度に目を向ける点に感銘を受けた。
新入社員や若年層の知識や理解度を推し量り、相手によってコミュニケーションレベルを切り替えるなど、様々な応用が可能であると感じた。

講演2
「ソフトウェア設計における意思決定とそのレビューの秘訣」
川島 義隆 氏 (ウルフチーフ)

アーキテクチャ

アーキテクチャとは「設計上の重要な意思決定である」と述べ、これを記録することの目的や、主要なレビューポイントについて解説された。
アーキテクチャを決定する中では、「代替案の検討」には垂直思考が、「前提やバックグラウンドの抽象化や多角的検討」には水平思考が必要であると述べられた。
また、視点/視野/視座と意思決定構造の関連性については、以下のように示された。

  • 視点:代替案の評価/選択
  • 視野:代替案をどれだけ出せるか
  • 視座:コンテキストを適切に捉えているか
ADRレビュー虎の巻

アーキテクチャのレビュー現場で生じやすい問題点について、その症状と原因、対策について示された。以下、示された問題点の一つ。

「枝葉末節」だと思える問題設定

  • 症状:解決したい課題が明確すぎて、代替案の良し悪しを評価しづらい
  • 原因:評価する視点がずれているため
  • 対策:代替案選択に至ったロジックツリーを、逆向きに再構成し本来の目的に立ち返る

最後に、「視点・視野・視座の足りないところを補うことができる人をレビューアに選定すること」と「意思決定のレビューには感情論を排除すること」が重要であると述べ締めくくった。

筆者感想

ソフトウェア開発では、どの工程のレビューでも勘所は変わらないのだと気づかされた。解説されたレビューにおける問題点の中には、私自身が日々直面するものも多数挙げられており、共感するものが多くあった。

パネルディスカッション

パネリストは講演者の2名に、実行委員長の風間氏を加えた3名でのディスカッションとなった。
聴講者からSlidoに投稿された質問に対して、パネリストが回答する形式で、開始時点ですでに50件ほどの質問が投稿されている状況であった。

レビューで大切なこと
  • レビューアとしての役割を考えることや、話題の心理的安全性を確保することが大切。
  • 感情に訴えず、テクニカルな面の話題に徹することが、円滑なレビューのために重要である。
レビューがうまくいく要因
  • 時間を無駄にしないためにも、2~3割の完成度でプレビューして方向性のコンセンサスをとるべきである。
  • 抽象化がレビューアに必要な能力であり、抽象化と具体化の違いを明確に説明できることが大切。
  • レビューを後回しにしてしまう要因として、標準プロセスが"成果物完成時"となっている点が挙げられた。20%程度時点でのレビューを、標準プロセスに含めるべき。
レビューの場で注意すべきこと
  • 複数人のレビューアがいた場合、下位者の発言を促すために上位者は発言を控える、あるいは現場に出ないことが重要である。
  • レビューアは、悪いところの指摘一辺倒ではなく、よい点を褒めることでポジティブな雰囲気作りに配慮すべき。
講演者より

鈴木氏は、自分自身の20年以上に及ぶ仕事内容を見直す良いきかっけとなった。講演についても、面白いと感じてもらえればまた参加したいと述べた。
川島氏は、JaSSTのようなイベントでの講演は初めてであったが楽しかった。今回の話が聴講者の現場で役に立つことを願っていると述べた。

筆者感想

パネリストにて三者三様の立場からの意見交換が繰り広げられており、非常に興味深いものであった。業界や立場・対象が変わっても、レビューの本質は変わらないのだと気づかされた。特にレビューの成功には、抽象化する能力が非常に重要になるのだと感じた。

クロージングセッション

大きく「いかがでしたか?」とスライドに表示されると共に、実行委員長の風間氏から、閉会の挨拶が述べられた。
抽象化と具体化の話など、自分自身にとっても興味深い内容が、盛り沢山であった。
講演や事例紹介の内容を"抽象化"して、自組織に説明・展開して"具体化"するまでが重要であると、締めくくった。

筆者感想(全体)

講演やディスカッションから、業界は違ってもレビュー活動の目的や本質など、共通点が多いことに気付かされた。特に抽象化する能力については、今後、研鑽しなければならないと痛感した。
事例紹介からは、ソフトウェア業界における一般的なレビュー方法では発見できない観点や要因があり、それらに対して新たな手法を模索しながら改善していく姿勢が見て取れた。私自身も、継続的に改善活動を進めていきたいと感じた。
日々のレビュー活動には、まだまだ改善、見直しできる余地がある。私自身だけでなく周囲の同僚と共に、より良いレビュー活動を模索していきたいと感じたシンポジウムであった。

記:盛生 凪人(北電情報システムサービス株式会社)

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