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イベント報告
ソフトウェアレビューシンポジウム 2019

2019年11月1日(金) 於 TKP赤坂駅カンファレンスセンター ホール13A(東京都港区)

ソフトウェアレビューシンポジウム 2019

はじめに

「レビューで指摘するときの思考とその例」をテーマに、今年で2回目となるJaSST Reviewが開催された。 実行委員の安達氏のイントロダクションでスタートした。

オープニングセッション

JaSST Review実行委員長の風間氏より、前回のJaSST Review開催からレビューを取り巻く環境がどのように変わったのかの解説があった。参加者において前回に比べ開発者の割合が2倍になったこと、2019年に改訂されたJSTQB Foundation Levelシラバスにおいてビューの記載が改訂前の2倍になったことなど、昨今のソフトウェアテストにおけるレビューの重要性の認識が高まっていることを感じさせるものであった。そのような状況にも関わらず、JaSSTでのレビューについての事例発表は少なく、これから伸びていく分野でもあることを語られていた。
加えて、今回講演を依頼した3名の方々について、「ツール開発者の視点から、レビュー内容の仕組み化の参考として」津田氏、「ツール利用者・推進者の視点から、ツールの選定方法の参考として」岡野氏、「前者とはまた違う視点での、思考の参考として」深谷氏を選定したとのこと。これらは「レビュー」で想起する内容が、人や業務等の背景により様々であるための配慮であった。

講演
「文書校正におけるReviewと活用するための分類およびルール化」
津田 和彦 氏 (筑波大学大学院)

概要
文書校正支援機能開発の動機

従来、文書の校正において、"間違い"という偶発的であり意図しない事象の指摘は、個人の経験と勘という「暗黙知」に頼っていた。
校正者によって指摘する内容は異なるが、ある校正者が校正し修正した文書に対して、別の校正者がチェックすると不思議なことに指摘がほとんどないことに気が付いた。この経験から、「100点ではなくある程度の合格点である80点を超えられれば良い」と気付き、それらを「形式知」にすることで、現在の文書作成ソフトウェアで当たり前となった文書校正支援システムをおよそ30年前に実現した。

プロ向けの校正支援

まず開発したのはプロ向けの校正支援であった。文長や使用禁止用語、言い換え表現への置換等を、プロの校正原稿を束ねたファイルを読みながら確認した。最初は文書の解析において最長一致法を使用していたが、コスト最小法の精度が高かったため、コスト最小法を採用した。

素人向けの校正支援

プロの文書と素人の文書は間違う内容が異なっていた。プロによる校正文書が存在しないため、津田氏自ら原稿を校正し、間違いの傾向を捕らえた。紹介されたのは"バイオリン"か"ヴァイオリン"かといったカタカナ文字や、"酒を作る"ではなく"酒を造る"といった漢字の利用方法、"汚名挽回"といった慣用句の間違いといった誤りであった。ミスの形式化によって、文書短縮のルール化もおこなうことができた。

筆者感想

津田先生の人柄の良さを感じることができ、終始ユーモアのあふれる講演であった。
その中でも印象的であったのは、"書いてあることをそのまま信じると合っているのか分からない"という話である。
例えば、「300cmの定規を利用する」と記述があった場合、「30cmの間違いではないか」と指摘できるのは、「定規は普通30cmである」という共通認識があるためである。
そのように、レビューする側とされる側で、認識あわせをすることが重要であると語られていた。
また、慣用句の間違いや副詞の呼応等の間違えやすい文法について、「小中学生の国語の教科書に載っている」と話されていたのは、普段資料や報告書の作成で指摘されている身としては少々耳の痛い話でもあった。

講演
「レビューツールの利用とプロセスのあり方」
岡野 麻子 氏 (三菱スペース・ソフトウエア)

概要

レビューツールと一口に言っても、目的や用途により、それぞれ強みや弱点が存在する。
社内におけるSEPGとしての立場、ツール利用を推進・支援する側として、考慮していることと、その先にあるカイゼンも見据えたプロセスについて紹介した。
レビューツールに求める効果の話から始まり、ツールを導入する順序を「課題抽出」、「手段選択」、「効果想定」、「ふりかえり」の4ステップとし、それぞれの段階でのプロセスを実際の2つのケース(ツール利用を開始したいチームと、ツールの利用手順を見直したいチーム)に基づき解説していた。
加えて、ツールを導入する4ステップの各段階で気をつけるべきこととして、それぞれ「利用したいシーン、動機(問題・課題)に合致しているか」、「レビューツールの強み・弱みを知り選択・利用する」、「どのような点を考慮しているか」、「実施後の現場の変化、問題の解決度合い」を述べていた。
以下に発表資料から一部抜粋する。

課題抽出:レビューツールを利用する背景から課題へ

誰かの違和感や愚痴の中に課題が潜んでいる。ツールの導入を検討しているAチームは、「成果物のレベルが不ぞろいである」、「文言が統一されていない」という課題を抱えている。既にレビューツールを導入しているBチームは、「ツールを使ったチェックプロセスが不確定」、「承認フローの煩雑さ」、「分かりにくい利用手順」という課題を抱えている。

手段選択:プロセスのあり方/ツール選択

Aチームの課題を詳しくヒアリングした結果、「誤字脱字の確認等をおこなうためのセルフレビューをチーム全員で習慣づける」目標を設定し、その手段として体裁統一、誤字脱字確認をおこなうことのできるツールの利用を開始した。
Bチームの課題に対しては、「ツール利用手順の見直し」「レビューする観点の見直し」をおこない、手順を簡素化した。

効果想定:何が必要か?課題は解決されるか?

レビューツールに期待する効果として、「成果物のベースレベルを一定に保つ」、「誰がやっても同じようにできる」、「簡単なチェックをツールに任せ、それ以外の作業に費やす時間を確保できる」等が挙げられる。
反対に、レビューツールに期待しないこととして、「ドメイン固有の観点」、「設計内容の『正しさ』などの検出」が挙げられた。これは、人間が見るべき箇所と、事前に摘出するべき内容が異なるためである。

ふりかえり:実施後の変化と成熟度

ツール利用前後で、それぞれのチームが定量的な比較をおこなった。Aチームでは、「体裁レベル指摘数」、「ツール利用時工数」を、Bチームでは、「ツール利用時工数」、「観点チェックリストの数」、「修正件数・工数」を比較した。このように、定量的にふりかえりをおこなうことで、現場にどのような変化が起きたのか、課題は解決できたのかを確認できる。

筆者感想

ツールを使うのは人間であるため、推進にはコミュニケーションも重要であることを述べられていた。「嫌な経験があるからこそ、ツールの大切さが分かる」と語られていたが、その経験を引き出すために「相手の悩みや愚痴を聞く」ことや「相手と話し合う」ことをしているとのことで、「人が好き」であるのだなと感じた。
また、ツール推進者としての視点はレビューだけでなく、課題の解決プロセスに結び付けられる意味で、応用範囲の広い内容であった。人がツールのためにあるわけではないことを、改めて考えさせられた講演でもあった。

講演
「『違和感のつかまえかた』~組み込みシステムの開発者(テスター)としてやっていること~」
深谷 美和 氏 (toRuby(とちぎRubyの勉強会))

概要

『違和感』をテーマにした講演。
毎日ディスカッションをおこなっているため、明示的レビューをあえておこなわなくなったeXtremeなチームに所属されている立場からの話である。
違和感を「"いつもの状態あるいは理想・期待値"と"今の状態あるいは現在"との差分」と定義し、深谷氏自身がテスターとしてどのようなところに違和感を覚えるのか、また、違和感をつかまえやすくなるためにどのような工夫をしているのかを紹介した。
以下に発表資料から一部抜粋する。

何を見て違和感を捕まえているのか

朝会やディスカッションの場で、「自分ならどう解くか」、「どのようなことを試したいか」、「どうやったら壊せるか」、「話題になっていないことは何か」を考え、「同僚の様子や言動を観察」する。その他、「昨日の製品と比べてどうかを見る」、「チケットを読む等で小さな知識を積み重ねる」、「自分自身の感情や身体の状態を見る」ことを解説していた。

違和感に対する感性を高めるには

製品を知っているからこそ感じる違和感が圧倒的に多い。その他、他者の違和感を取り入れたり、自分の感情に目を向けたり、すごいと思うこと、好きだと思うことを考え、発信することで、感性を高めることができる。

違和感を捕まえるためのコツ・工夫

自分自身を含む「誰も考えそうもないこと」は何かを考えること、「間違っているかもしれない」と疑うこと、想定外の問題を見つけるのではなく想定を広げること、捕まえたいものに合わせて差分が大きくなるように細工する(周波数を合わせる)ことで、違和感を捕まえることができる。
また、問題がおきたとき、見つけられなかったときは何が足りなかったのかを考えるチャンスである。

違和感を捕まえた後のこと

「捕まえた瞬間に声を出す」、「観察する」、「同僚に話し同じように違和感を抱くかを確かめる」、の3つを挙げた。「これは仕事だから仕方ない」と思うようにすると、言いづらいことでも言うことができるようになる。

筆者感想

筆者自身、違和感を覚えたもののそれを通り過ぎてしまうことは多々経験していることもあり、深谷氏の「テストしていて(気のせいかな?)と思うことのほとんどは気のせいではありません」の言葉は特に心に響いた。
製品に関する知識を深めることで違和感をつかめるケースが圧倒的に多いこと、他者が見つけた違和感を自分自身の中に取り込むこと等、自己と他者とのかかわりの中での研鑽によって違和感を捕まえることができるようになる話を聞き、今後の業務の中でのコミュニケーションの重要性を再認識した。
「私のくせに分かるのはおかしい」と自分自身にも違和感を覚えることは、今後声に出して発言していこうと思う。

パネルディスカッション

概要

モデレータとして実行委員長風間氏、パネリストとして本日の講演者3名に、深谷氏と同所属の関将俊氏を加えた4名でのパネルディスカッションとなった。
それぞれの発表内容について意見を交換した後、slidoというサービスを使い、セッション中やディスカッション中に参加者より投稿された質問にパネリストが回答する形式であった。

それぞれの発表内容への意見交換
  1. 津田氏の講演について
    「別世界の話であると感じたが、『まず80点を目指す』姿勢に共感した。」(岡野氏)
  2. 岡野氏の講演について
    「自分のやってきた分野が役立っていることが実感できた。」(津田氏)
    「組織の中での立場やチームの構成が違うため、別世界の話であると感じた。ツールで分かることは、目でも分かることなのではないかと思った。」(深谷氏)
  3. 深谷氏の講演について
    「違和感をロジカルにとらえるための第一歩の話に共感した。」(津田氏)
    「主体性のあるチームであるとともに、常に自分を疑う姿勢を羨ましいと思った。」(岡野氏)
Q&A

筆者の印象に残ったQ&Aを紹介する。

Q.
初見で違和感を捕まえることは可能か?
A.
「製品には目的が必ず存在する。そこから予測できるものについては捕まえられると考える。」(津田氏)
「モノの本質あるいは『あるべき姿』を認識していれば見つけられる。」(岡野氏)
「似ているもの、過去の経験との対比から予測すれば見つけることは可能であるが、『何を見つけたいのか?』が重要である。」(深谷氏)
Q.
ソフトウェアレビューも形式知とすることは可能か?
A.
「ソフトウェア設計書には『人間の感情』といった曖昧さが存在しないため、比較的容易に実現できるのではないか」(津田氏)
Q.
レビューアの育成方法
A.
「どう育って欲しいと思っているのかを伝え、お互いにゴールを定めて育成する。」(岡野氏)
「適材適所だと考える。厳しいことを言っても恨まれないような人をレビューアとして育成する。」(津田氏)
「自分自身がそうであったように、『どう動くことを期待するのか』といった小さい期待を積み重ねて育成する。」(深谷氏)
筆者感想

パネリストの方々はそれぞれ背景や立場が異なるため、自分にはない視点での意見を伺うことができた。
特に、レビューの際に「うまくいったらどう動くのか?」を聞くことは、認識をあわせるため必要であると気付かされた。関氏から「みんなが良いと思っているからそうする」との発言もあり、ツールやレビュー、カイゼンにおいてもこの認識をもって行動できればと感じた。
レビューする側だけでなく、される側もセルフチェックをおこなうことや、「どこを見て欲しいのか?」を明確にすることの重要さも感じた。

全体感想

メインテーマである「レビューで指摘するときの思考」を出発点とし、「違和感の覚え方」に着地した。
会場近くにある迎賓館赤坂離宮内には、日本の謡曲・羽衣の「虚空に花ふり音楽聞こえ、霊香四方に薫ず」という一節を描いた天井画がある。これは天女が地上に降り立ったという違和感を主人公が覚える一節である。ここから、ストーリーが始まるのである。
「ソフトウェアドキュメントに恋愛小説はない」と津田氏は講演の中で話していたが、レビューの中で「違和感を覚えた」とき、また違うストーリーが始まるのである。
愛のあるレビューをこころがけていきたいと感じた一日であった。

記:棚橋 はるな(TEF道)

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