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2024年8月9日(金) オンサイト開催(新潟県新潟市)+オンライン開催
本シンポジウムは昨年同様、現地とオンラインのハイブリッドで開催された。会場であるNINNO(ニーノ)は「新潟+イノベーション」の拠点として名付けられ、スタートアップやベンチャーが集まっている施設である。30席ほどが準備されており、筆者用のレポーター席も用意されていて嬉しかった。
実行委員の伊藤氏によるオープニングが軽快に始まった。総参加者は73名、うち現地は32名で、年齢は30代が一番多く、職種はWEB系のQAやエンジニアが多かった。確かに若い人が多い印象で、ベテランが多い昔の品質系のイベントとは明らかに年齢層が異なっており、この業界をこれから牽引していく人々が集まる素晴らしい会だと感じた。特にスポンサーの方々はそれぞれ同じTシャツを着ており、そのカラフルなTシャツの色で会場の華やかさが作り出されていた。
伊藤氏から「アクセシビリティ」というテーマを選定した理由が説明された。スクリーンにはホリスティック・ループの絵が投影され、QAがカバーすべき領域の広さが示された。そして過去のテーマに該当する箇所が次々と示された後、今年は多様なユーザーを対象とする当テーマになったと説明された。参考として今年と過去のテーマを以下に掲載する。
冒頭で山本氏から「私は普段『やまある』と呼ばれています」との挨拶で、講演が始まった。
アクセシビリティは誤解されていることが多い。例えば「視覚障害者のためのもの」などである。アクセシビリティは、ユーザーが使用できる状況の広さ・多様さを示し、あらゆるユーザーが対象となる。アクセシビリティに取り組むことで多様なユーザーの多様なニーズに応えることができる。
ユーザビリティは「誰かにとっての使いやすさ」であり、アクセシビリティは「使える状況の広さ」である。山に例えると「山の高さ(=ユーザビリティ)と裾野の広さ(=アクセシビリティ)」である。
不便を抱えている人を支援するためのハードウェアやソフトウェアが紹介された。代表例として、画面を読み上げる「スクリーンリーダー」が取り上げられ、東京新聞Webサイトを対象とした実演動画が紹介された。動画は以下のタイトルで公開されている。
[東京新聞 Tokyo Web 動画:見えない人はWebをどう閲覧?本紙サイトの課題にがくぜん、求められる「不十分と認める勇気」(https://www.tokyo-np.co.jp/article/316780)
どんな人にも、社会に参加して健康で文化的な生活を営む権利がある。公共機関はあらゆる人に平等にサービスを提供しなければならない。民間企業の製品・サービスも、健康で文化的な生活には不可欠なものである。よって、社会のサステナビリティ(持続可能性)を追究する必要があり、様々な企業が取り組んでいる。
社会が不便なせいで、その人が「障害者」になっていると考えた場合、「障害」は社会の側に存在する(社会的障壁)。この考え方を「障害の社会モデル」と呼ぶ。社会の不便なこと=「障害」を解消していけば、本人の状態が変わらなくても、「障害者」を減らしていくことができる。
障害者の権利を守るため、各種法令によって義務付けられているものがある。海外では日本より厳しい傾向があり、集団訴訟も起きている。アクセシビリティに取り組むことは、法的なリスクの回避にも繋がる。
2024年4月に障害者差別解消法の改正が施行され、民間事業者についても「合理的配慮の提供」が法的義務となった。Webアクセシビリティは「合理的配慮のための環境の整備」にあたり、義務ではなく努力義務であるという見方が一般的である。
アクセシビリティへの対応がすぐに利益やユーザー獲得に結びつくわけではないが、今後の日本では更に高齢化が進み、障害者数の増加が予想されているため、アクセシビリティに対応する価値がある。また、障害者雇用促進法により、一定割合以上の障害者雇用が定められているため、従業員向けサービスでもアクセシビリティへの対応は必要である。
ソフトウェア技術はアクセシビリティとの親和性が高く、特にWebはアクセシビリティが「本質」とまで言われている。Microsoft, Apple, Google もアクセシビリティ関連機能に積極的であり、各OS上のアプリもアクセシビリティを高めることができる。また、アクセシビリティに取り組むと、普通の人も使いやすくなるため、全ての人に貢献すると捉えることができる。
ソフトウェアと人とのインタラクションでは、以下の観点に注目する。
上記に対応するためのWebアクセシビリティのガイドラインが、W3C(Web技術の標準化団体)による WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)である。4つの原則に基づいて達成基準が整理されている。
上記の網羅的なガイドラインを使って設計し、適合しているかチェックする。中身は、達成基準毎に A・AA・AAA の3段階のレベルに分けられている。どのレベルまでを達成するか、目標を立てて使用できる。取り組みの例として、「ストリートファイター6」(カプコン)の事例が紹介された。
アクセシビリティを高めるには、みんなの協力が必要である。freeeでは全ての職種の入社者を対象にDEI(Diversity,Equity&Inclusion)研修とアクセシビリティ研修を実施している。アクセシビリティ研修の中では、プロダクト開発に留まらず、社内外の人の接し方なども伝えている。freeeでは、アクセシビリティ研修の資料・動画を公開している。
WCAGを理解して実践することを開発チームだけに求めるのはとても難しいため、freeeでは、組織の方針・基準を盛り込んだ独自ガイドライン・チェックリストを作った。このようなチェックリストは各社から公開されており、他社が活用した事例も出てきている。
また、デザインシステムを整備して効率化することにも取り組んでいる。
自動的なチェックの導入も進めている。しかし限界もあり、人間しか判断できない部分は残る。そこを補うために、スクリーンリーダーなしで同等のチェックをする支援機能として Accessibility Visualizer 拡張機能を開発した。
アクセシビリティには、開発の早期段階から取り組んでいくことが大切である。アクセシビリティのために一番重要なことは「ていねいに設計して、ていねいに実装する」ことである。開発の早期段階(上流工程)から、デザイナーもエンジニアもアクセシビリティに取り組んでいくべきである。
誰でも歳をとり、身体の様々な部分に不調が出てくる。事故、病気、体質によって、早まったり重くなったりする。身近な人達がそういった不便を抱えるかもしれない。アクセシビリティは遠い世界のことではなく、いつか必要になるかもしれないものである。将来の自分たちのために取り組もう。
最後に、山本氏が著者の一人である「Webアプリケーションアクセシビリティ」という書籍などが紹介された。本日の講演と一部の内容は重複するが、それ以外の濃い内容がたくさん掲載されているとのことである。
ユーザビリティとアクセシビリティの違いについて学ぶことができた。現在は誰もがWEBから情報を入手する時代であり、障害者の方々も含む様々な人が情報を入手しやすい工夫が必要である。講演で紹介された「東京新聞WEB動画」では、スクリーンリーダーを用いて記事にたどり着く難しさが紹介されていて、驚いた。記事の閲覧だけでなく、ゲーム業界でもアクセシビリティが注目されていて、対応するメーカーが出てきているそうだ。アクセシビリティへの企業への取り組みが盛んになっており、企業の垣根を越えてコンテンツを共有するなど、協力が進んでいることは素晴らしいと感じた。山本氏の言葉「誰でもいつ障害者になると考え、アクセシビリティを自分事であると思ったほうが良い」には大きく共感した。
清川氏は、最近はTechカンファレンスのサイト作りをしており、アクセシビリティに更なる関心があると述べて、講演が始まった。
経理・人事労務などバックオフィスのあらゆる課題解決をサポートする製品シリーズの総称である。以下の課題を抱えている。
上記課題を解決するために、フロントエンド推進グループが設立され、組織横断的な課題に取り組んでいる。主な活動は以下の通りである。
マネーフォワードクラウド(MFC)のWebアプリケーションやランディングページ(LP)向けのアクセシビリティガイドラインを作成した。MFC Accessibility Guidelines と呼ぶ。WCAG基準に対応した内容になっており、デザイナーとQAで共同作成し、デザイン・実装・チェック毎に確認すべきポイントを記載した。ガイドラインを自作した理由は、自社の製品群の課題や現状のアクセシビリティレベルに合わせたものを定義したかった/取り組むべきポイントを見定めたかったためである。実際にガイドラインを使ってみており、ドキュメントを拡充したり、継続的に改善している。メンバの異動や現場との距離感などで課題も多い。
CDO主導で発足された、開発をはじめCSや広報、法務、人事のメンバも含めた全社組織が「アクセシビリティ委員会」である。アクセシビリティに対する会社のスタンスを明らかにするステートメントの策定や、合理的配慮を行なうための基本的な環境整備の推進、曖昧な事案に対する判断をしている。現場がCS対応で困った時の相談先であり、半期毎に実施している全社コンプライアンス研修にアクセシビリティ項目を追加している。
共通UIライブラリである Money Forward UI(MFUI)を作った。デザイン室が策定を進めているプロダクトのUIデザインに関する標準があり、それらに準拠した実装用のUIライブラリをベトナム拠点と共に開発中である。デザイン標準の時点でアクセシビリティを意識して継続的に改善している。
コンポーネントのテストとして、ユニットテストやインテグレーションテストに加えて、Chromaticを使った Visual Regression Testing を実施している。これによって、UIデザインのレビューやアクセシビリティの手動チェックが実施しやすくなる仕組みである。
マネーフォワードではフロントエンドに関する横断的な課題に取り組んでいる。その中で、アクセシビリティに関するガイドライン(WCAG 2.2 Level A に準拠)を作成し、実際にプロダクトのアクセシビリティを改善していくプロセスを検証中である。一方でデザイン組織や海外拠点と協力して共通UIライブラリの開発も進めており、製品群の一貫性や併用体験の向上と共に一定のアクセシビリティの向上も目指している。
清川氏は本日のような発表は初めてで緊張したそうだが、基調講演の内容との繋がりが感じられた聞きやすい発表であり、とても良かった。freeeに続いてマネーフォワードの事例が紹介された。二社は競合サービスの関係にあるのだが、このようなイベントでそれぞれの取り組みを紹介し、アクセシビリティでは協力していることも紹介された。業界を盛り上げていこうという姿勢が感じられて、とても良かった。
村岡氏は、freeeに入社する前はアクセシビリティを意識していなかったと述べて、講演が始まった。
それは「freeeを全ての人に使ってもらいたいから」である。freeeでは、アクセシビリティチェックはテストの際に「当たり前にやること」の一つであり、アクセシビリティの全体観に関しては、入社直後に全社員に向けて研修が行なわれている。freeeは「アクセシビリティガイドライン」に基づいたチェックリストを公表しており、それに沿って確認することをアクセシビリティチェックやアクセシビリティテストと呼んでいる。略称はa11y(エーイチイチワイ)であり、アライとは読まない。
アクセシビリティチェックはQAエンジニアが担当するが、デザインナーも開発者も意識している。freeeではアジャイル開発のフローを採用しており、QAエンジニアはシフトレフトで動くことが多く、プロジェクトの初期からアサインされ、要件定義や設計の段階から品質を高める活動をするので、この中にアクセシビリティの観点が含まれることが多い。設計工程では、懸念があるなら解消させる。画像やリンクテキストなどが該当する。実装工程では、スクリーンリーダーで読み上げてみないとわからないことが多い。
JaSSTのサイトを題材にしてaxe DevToolを使ってチェックが実施された。入力フォームは結構問題が発生しやすいことがわかった。
全般的に困った時は、slackや対面で聞いたり、社内の視覚障がい者に触ってもらったりしている。また、アクセシビリティチェックが甘い成果物について有識者から指摘してもらえることがある。社内では辻レビュー(辻斬り+レビューの社内造語)と呼ばれている。
freeeではアクセシビリティチェックが当たり前に実施されているが、課題はある。その課題を全社で改善していく動きが存在している。
現場感溢れる発表で良かった。同僚の山本氏が会場にいたからか、時々話題を振ったりして、終始リラックスしていた印象だった。アクセシビリティへの対応は大変と思うが、楽しんで仕事していることが想像できた。
各実行委員から一言ずつ感想が述べられた。以下に抜粋する。
委員長の小池氏によりイベントが締め括られた。小池氏は「初の委員長で不安だったが、みんなと一緒に作れた。来年のテーマに期待してほしい」と語った。
講演者、現地の参加者、実行委員の方々がお菓子を食べながら交流した。会話を聞いていたら、ある人が提供しているサービスをある人がユーザーとして使用しており、サービスの使い勝手について深い話をしていた。業界内でお互いに刺激し合いながら品質を高めていると感じた。途中から地元の日本酒が登場し、皆が「美味しい!」と感動していた。
私の年齢は50代後半だが、会場参加者の若さに圧倒された。品質系のイベントではベテラン中心というイメージだが、全く違った。ここにいる若い人達がこの業界を牽引していくと思うと、とても嬉しくなった。
記:和田 憲明(ASTER)