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イベント報告
 ソフトウェアテストシンポジウム 2023 北海道

2023年9月8日(金) 於 オンライン + オンサイト(北海道札幌市)

ソフトウェアテストシンポジウム 2023 北海道
「心動かさる"コト"の品質」

はじめに

2023年9月8日(金)オンサイト開催とオンライン開催のハイブリット形式で開催された。
オンサイト会場は広く、どの位置からでもスクリーンが見やすい構造になった空間であり、40名ほどの参加者が十分な距離を保った状態で参加していた。
プログラムは、基調講演、招待事例+ワークショップ(オンサイト限定)、経験発表、事例発表、招待講演が行われた。
オープニングセッションにて、今回のテーマは「心動かさる"コト"の品質」であり、本開催はUI/UX、DevOpsがメインの内容であると説明があった。

基調講演
「ユーザビリティとソフトウェア品質」
 福住 伸一 氏(理化学研究所/東京都立大学/千歳科学技術大)

セッション概要

福住氏は初めにユーザビリティという概念について変遷も交えながら述べた。
ユーザビリティはコンピュータが普及し始めた1980年代後半ごろは、コンピュータを「何とかして使えるようにする」という目標に始まり、その後コンピュータを「使いやすくする」という考えに変わって行った。
加えて、視覚的なGUIだけでなく、聴覚や触力覚にまで広がりユーザビリティに対する考え方は次第に多様化して行った。
また、国際的な定義においては「特定の利用状況において特定のユーザがシステム・製品・サービスを使う際に、特定の目的を効率、効果、満足度を持って達成出来る度合い(2018,JIS Z8521:2020)」である為、ユーザビリティとは万人にとって使えるものではない、と述べた。
次に、システムの利用に焦点を当て、人間工学の知識及び技法を適用することでインタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とするシステムの設計及び開発のアプローチである「人間中心設計」について述べた。
人間中心設計は、ユーザニーズを明確にする活動を含む為、認識の齟齬による手戻りを大幅に削減する作用がある。また、ユーザビリティ試験報告書においてユーザビリティ要件が適切にカバーされているかの確認が行える為、品質の向上及びユーザビリティの度合い向上にも有用であると述べた。

筆者感想

福住氏の発表から、ユーザビリティの概念は不変のものではなく、時代の経過や技術の発展に合わせて変化していることを知った。その背景には多様性を認める動きによるものも含まれていると私は考える。
人間中心設計は上流工程から取り入れることがより効果的である為、開発だけでなくQAのメンバーにおいても身に着け積極的に取り組むことで、より多角的な知識の基に品質向上へアプローチ出来るのではないかと感じた。

経験発表
「価値に向き合うチームの為のV-TDD(価値ベースTDD)の取り組み」
 藤田 真広 氏(ベリサーブ)

セッション概要

藤田氏は冒頭で、価値に向き合う為には以下の4STEPが有効であり、これらのSTEPを経ることで、チームが理解出来る共通言語を作ることが出来ると述べた。

STEP1:現状と課題の理解
STEP2:価値の構造化
STEP3:価値とシステムの全体像の可視化
STEP4:価値受け入れ条件の実装

藤田氏は価値の全体を把握出来ていないと、価値実現の為のシステムや機能を考慮出来ない故の手戻りや工数の浪費が発生してしまうと述べた。
それらを踏まえた上で、藤田氏は2カ月の実験を実施した。
結果、マネジメント目線では手戻りが減ったが、チームにSTEPが浸透するまでには至らなかったと述べた。また、V-TDDよりも手前のところで効果が出た為、V-TDDの検証に関してはあまりできなかったが、チームのマインド面に課題が見つかった為、現在はそれに取り組み中であるとまとめた。

筆者感想

今回の実験結果を通じて、藤田氏の考えた4STEPはチームが同じ到達点に向かう為の指針を定めることに有用であると感じた。
これらのSTEPは定期的に行うことで方向性が間違ってしまった際の軌道修正も早期に実行出来る内容であると感じる。また、STEPにはコミュニケーションを伴う為、チーム内のまとまりにも一役買っているのではないかと考える。

事例発表1
「ロボットアームを用いた、スマホアプリのテスト自動化の事例紹介」
 宮越 一稀 氏(NTTデータ)
 中里 大貴 氏(NTTデータ)

セッション概要

物理操作を伴うテスト自動化において、ロボットアームを使用した事例とその中で生じた課題とその対策について述べた。

課題1:
従来の画面操作を自動化するツールでは物理操作を行うことが出来ないことがネックである。
対策:
テストシナリオ内にロボットアームが物理操作を行う内容を組み込むことで自動化を可能とした。
課題2:
テスト端末が多く、結果確認や資材インストールの手間が多くなってしまう。
対策:
「GitLab CI」を使用することにより、並列での試験実施を可能とし結果も一括で確認が可能とした。

本試験の結果、全テストケースの約41%の自動化を実現し、テスト工数においては約37%の工数削減を実現した。しかし、完全な自動化は難しく、バグ起票は半自動で行う必要がある。また、実施を重ねる上で端末の位置ずれやロボットアームの調整は手動で行う必要があると説明があった。
最後に、自動化のスコープ拡大と汎用性向上を目指す為の対応と共に、本発表はまとめた。

筆者感想

今回の試験で使用されたロボットアームは、試行錯誤はあったものの専門知識が必須ではないものである為、多くの試験現場でも取り入れられるものであると感じた。
今回のような読み取り機能を自動化する仕組みは、昨今では主流となりつつあるカードレス決済試験の自動化にも応用出来ると考える。
テスト自動化は様々なところで取り入れられ注目されている分野の為、今後の発展にも繋がる内容であった為、一層興味深いセッションであった。

事例発表2
「プロダクトごとに異なるデザインへのガイドラインによるアプローチ--経験、感覚に頼らないデザイン--」
 石川 佳一氏(東京エレクトロン)
 佐藤 淳哉 氏(東京エレクトロン)
 中岫 信 氏(東京エレクトロン)

セッション概要

初めに石川氏は、同じ会社で開発されているソフトウェアだとしても、プロダクトが異なればソフトウェアのデザインが異なるという事態が発生することがあると述べた。その結果、複数のプロダクトのソフトウェアを利用しているユーザには統一性のなさが余計な負荷に繋がってしまう恐れがあると述べた。
その為、石川氏はガイドラインを作成することにより、プロダクト間によるデザインの差異を減らすことを講じた。
ガイドラインを作成した結果、ある程度の統一性が出来たことによりユーザからの定性的な評価を得ることに成功した。また、開発においても根拠となる指針がある為、決定が円滑に進む効果も得られたと述べた。
しかし、今回のガイドラインは有志による作成の為、公認されたものではないという問題点がある。その上で石川氏は、本ガイドラインは強制されるものではなく、一定の統一性をもたらす為のツールとして認知され、広がって行くように活用して行きたいとまとめた。

筆者感想

プロダクト間によるデザインのゆれに関しては、筆者も日々悩まされている課題であった為、本発表は非常に身近に感じる内容であった。今回のケースでもガイドラインは有志によるものであるとあったが、やはりガイドラインの有用性を広く知られなければ公認のものとして作成しづらいという問題点を抱えていると考える。しかしある程度の効果があったことも事実である為、ガイドラインという存在がデザイン統一のヒントになることを学ぶことが出来た。

事例発表3
「品質観点で見たインセプションデッキとその改善」
 永田 敦 氏(サイボウズ)

セッション概要

永田氏はアジャイル開発において、チーム内で目的や方針のベクトルを揃える為にインセプションデッキを用いているが、その中で「実行に時間がかかり定着出来ない」、「表現がステレオタイプになり、プロジェクトのコアな部分を明確に表現出来ない」などいくつかの問題が生じたと述べた。
これらは独立した問題ではなく、1つが改善されることで連鎖的に他の問題が改善されることもある。また、インセプションデッキに価値駆動開発の手法を取り入れることで価値について深く考えるきっかけになり問題解決にも繋がる。
 加えて永田氏は、インセプションデッキから得られる情報はQAやテストエンジニアにも有用である為、ぜひ積極的に活用して欲しいと語った。

筆者感想

筆者はテスト設計を行っている際、このテストは何を目的としたテストなのかが分からず立ち止まる時が時折ある。それは価値を明確に理解出来ていないが故に生じる問題であるが、本発表のインセプションデッキを用いることで価値について向き直ることが出来ると気付いた。インセプションデッキを用いることで生じる問題についても、本発表内でのポイントを踏まえて自社で取り入れられないか検討しようと思う。

事例発表4
「製造装置における組込みソフトウェアのユーザビリティ評価と改善サイクル」
 高木 進也 氏(東京エレクトロン)
 西村 理恵 氏(東京エレクトロン)
 細川 寛之 氏(東京エレクトロン)

セッション概要

初めに、細川氏は最も伝えたいことは数値化の重要性であると述べた。
細川氏は、UXに関連する課題に対して以下の3つの施策を行った。
1つ目に、独自の「ユーザビリティ評価シート」を作成し、UXメトリクスを収集し、どのメトリクスが適しているかの分析を行った。
2つ目に、評価プロセスを選定し適した評価基準を基に分析を行った。
3つ目に、評価内のコメントを分類しインパクト分析を行った。
これらを用いた結果、評価要素を網羅していることにより、幅広いデータの収集が出来改善点が可視化出来るようになった。その上で改善に対するモチベーションに繋がると共に、効果も可視化された為、開発者のモチベーションが上がる結果になった。
今後は「要素ごとのデザインパターンの拡充」、「期待値の定義とリリース前の評価」、「新たなUXプラクティスの適用」の3つを基にサイクル化して行きたいとまとめた。

筆者感想

ユーザビリティを客観的に評価する為の手法はいくつもあるが、数値化することが何よりも公平かつ明確に行えると考える。ガイドラインなどによる評価も、数値化を組み合わせることにより更に分析が行えるだろう。その数値化及び可視化の為にどのような方法があるのかを実例を交えて解説された為、とても参考になった。また、数値化だけでなくインパクト分析を組み合わせることにより改善点の詳細化も狙える為、単一の評価ではなくいくつかの評価を掛け合わせて行うことで、より品質の向上を図れると感じた。

招待講演
「『自然が好き』の共感を広げるガイドツアーが世の中を変える」
 小林 政文 氏(ホールアース自然学校沖縄校がじゅまる自然学校)

セッション概要

小林氏は自身のネイチャーガイドという仕事の中で「環境教育」、「インタープリテーション」、「ファシリテーション」などを考え学びながら実践する日々がテスト業界にも通じるものがあるのではないかと述べた。

筆者感想

小林氏は、ネイチャーガイドは「話すだけでなく体験を共有する人」と述べていたが、テスト業界においては、ユーザと直接体験を共有する機会はほとんどないが、ユーザの体験や行動を考え予想し、それをテストに組み込むことでも不具合予測やユーザビリティの向上を考えることがある。この2つはどちらも相手を考え、実践することで積み重なった経験がより良い考えを生み出すものであり、重要な共通点であると考える。
また、訪れる人によってアプローチの仕方を変える必要があるネイチャーガイドの手法は、1つの考えに捕らわれない思考を持つ必要がある為、ペルソナ分析にも応用出来るのではないだろうか。

全体感想

筆者はJaSSTへの参加は今回が初である。直接的に関連がない分野の話も、よくよく考えれば自身の学びに通じることがあり、日々の業務での躓きに対するヒントが得られた1日であった。
一見、「品質」や「価値」というものは、常に考えているものであるように感じるが、ふと立ち止まって考え直してみると、目の前のものだけを見ていて、全体を忘れていることが往々にして起こりえる。
筆者も本開催で学んだことを基に考えることを止めずに、「心動かさる"コト"の品質」について見直して行きたいと思う。

記:田邊 雅也

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