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2019年11月29日(金) 於 都久志会館(福岡県福岡市)
第13回となるJaSST'19 Kyushuが開催された。シンポジウムとしての共通テーマは設定されていなかったが、「関係性」「チーム」「開発とテスト」の3点を軸に、基調講演・招待講演と各講演のふりかえりセッションが行われた。各資料は公式サイト(末尾にリンクあり)から公開されているので、併せてご覧いただきたい。
基調講演(第一部・第二部)では、キヤノンメディカルシステムズの関氏および深谷氏より、チーム運営について語っていただいた。同社には、複数の開発チームを横断した非公式チームがあり、俗に「あのチーム」と呼ばれている。チームの活動が秋山氏の論文※に掲載されたことがあり、「開発者もテストエンジニアも不具合を減らし品質を向上するという共通の目的に目が向いている。テストの現場の理想形の一つと思う。」と記されている。「あのチーム」は、過去20年以上にわたり様々な取り組みを行っており、熱心なファンも多い。
※秋山氏の論文:現場におけるソフトウェアテストの取り組み/秋山浩一氏
第一部は、「あのチーム」のチケットシステム運用についてだった。このチームではXP(エクストリーム・プログラミング)の手法で開発を行っており、20年以上継続している。XPではテストファーストが重要とされる。テストファーストのファーストは安全第一の第一と同じ意味である。テストを全ての活動の基盤として考えた結果、現在のチーム運営になっている。テストと開発は交互に繰り返し発生する。
チケットシステムは、紙の不具合票を参考に開発された。ある要件に対する一連の開発プロセス(V字モデル)がチケット1枚単位で完結する。ワークフローは常に変化する。大きな特徴として、チケット上にテスト(筆者注:いわゆる受け入れテスト)が書かれている。チケットは、ストーリー/バグ/タスクのいずれかの単位で発行される。見積りは厳密には行わず、完了見込日のみ把握できれば良いとしている。
チケットを管理するため、インデックスと呼ばれるリストを用いている。インデックスはチケットのリストになっており、表示面積の比でチームの様子を把握することができる。これを用いることで、例えば個人の作業抱え込みを知ることができる。
朝会では、すべてのチケットを音読する。音読することで目と耳がチケットに向き、全員で考えることができる。誰の確認もなしにCloseされたチケットがあると騒然とする。あくまでも脳(筆者注:メンバーの記憶)が主体であり、チケットや付箋は補助媒体にすぎない。
筆者自身もXPの思想に則ったチームで働いており、共感できる部分が多かった。ミッションクリティカルなシステムが、非常にシンプルなチケットシステムで管理されている事実にはただ驚くばかりであったが、まずは本講演の内容を咀嚼し、自チームとの差分を研究したい。
第二部では、「あのチーム」で実際に行われているコミュニケーションの手法を体験した。同チームでは、コミュニケーションの要となる「フレーズ」があり、各フレーズを実際に用いるワークを行った。
現在何が理解できていて、何が理解できていないのかを明らかにするフレーズ。具体的には、ゴールであったり、うまくいったことを確かめたりする手段が明らかになる。例えば、「調査をする」というタスクを持っているメンバーに対してこのフレーズを使うことで、調査の具体的な内容やゴールを他のメンバー以外が把握できる。また、何らかの誤りがあった場合でも早期に気づくことができる。
メンバーの作業状況を実際に見せてもらい、担当者による問題やタスクの抱え込みを防ぐためのフレーズ。もし困りごとがあった場合、作業状況を実際に見た側は、見た瞬間に問題の当事者となる。作業に没頭して周りが見えなくなっていそうな人に対しても使用する。
制約や思い込みを取り除くためのフレーズ。「根拠は?(筆者注:ここでは、『我々が敢えてこの仕様を選んだ根拠があっただろうか?』といったニュアンスで用いる)」と似ているが、よりカジュアルに質問するために言葉を置き換えた。例えば、「以前からそのような作りになっています」とメンバーが発言した際に使用する。現状の動作が、理想的なものであるのか、何らかの妥協によるものであるのかを判断する材料になる。
自分が何らかの対象に対して不明点を抱えていることを、周りに発信するためのフレーズ。分からないと言いづらいような状況でも、分からないことを表明するための心理的ハードルを下げる狙いがある。分からない個人を責めるのではなく、なぜその人が分からない状況になっているのかをチーム全員の問題として捉える効果がある。
「あのチーム」のフレーズは、どれも柔らかくシンプルな表現であると感じた。これらのフレーズは、声をかける側とかけられる側の双方にとって心理的ハードルを下げ、業務上のネガティブなシグナルを早期に捉えることに役立っているのではないだろうか。筆者も、早速自身の業務でこれらのフレーズを試している。
昨今はSNSやチャットツールなど、オンラインでのコミュニケーションが増えており、従来よりもスピーディにコミュニケーションをとることが可能である。反面、文章の推敲にかける時間は減少傾向にある。招待講演では、より短時間で適切なコミュニケーションを行うための文章を書く秘訣を伺った。以下、筆者が特に印象に残った内容をピックアップしてお伝えする。
文章を書くうえで大事なことは、読み手の負担を減らすことである。読み手自身について知り、背景を伝え、できるだけ平易な表現で、文字数も少なく抑える。このような工夫をすることで、伝えたい情報が過不足なく伝わる。
まずは何度も読み返す。繰り返し読むことで違和感に気付くことができる場合がある。言葉の意味を調べたり、類義語を調べたりすることで単語への理解が深まる。また、細部にこだわるだけでなく、しばらく時間を置いたり、紙に印刷したりして俯瞰することで冷静に読むことができる。
例えば、語順と読点の位置を意識し、適切な係り受けにする。主語と述語の対応関係を明確にする、といったものである。また、否定文は肯定文に置き換える、専門用語を避けるといった工夫によっても文章の読みやすさは向上する。
筆者はアジャイル開発を行うチームに所属しており、口頭やチャットツールで短時間でのコミュニケーションを求められることが多い。本講演で触れられた内容について、文書に対しては似たような取り組みを行ってきたが、文書以外のコミュニケーションにおいても、これらを常に意識するよう心がけたい。
最後に、本日の各講演に対するふりかえり及び質疑応答のセッションが設けられた。ここでは、筆者が特に印象に残った質疑について記す。
基調講演(第二部)の、フレーズに関する質疑が最も印象に残った。「生産性」などの聞こえが良い言葉は筆者自身も使いがちであるが、より具体的な内容をコミュニケーションすることが大事だと考えさせられた。
各講演をふりかえると、チームの内外を問わず、人間同士のコミュニケーションを円滑に行うためのヒントに溢れていたと感じる。折に触れて本日の講演内容を思い出し、実践し、より良いコミュニケーションを行うための工夫や変化を継続的に起こしていくよう心がけていきたいと感じた。
記:藤原 考功(JSTQB)