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2017年4月28日(金) 於 朱鷺メッセ
2011年から数えて7回目の開催となるJaSST Niigataが今年も開催された。筆者は九州生まれ九州育ちであるため、新潟に来るのは初めてであったが、美味しいお米や日本酒はもちろん、美しい街並みにも魅了された。今年のテーマはユーザビリティ/UX。会場にはWi-Fiや電源が完備されており、主催者の心配りに「まさに今年のテーマぴったり」と、参加者から喜びの声が上がった
実行委員長の笠原氏より、「これまで色々なテーマで開催してきたが、今回は参加者の皆様の声が多かったUX(User eXperience)、ユーザビリティをテーマとして開催することとなった。UXについてあまり知らないという方も多いと思うので、UXとは何か、それをどう評価するかについてのヒントを得て、持って帰っていただきたい」とご挨拶があり、本シンポジウムが始まった。
基調講演には『ユーザビリティエンジニアリング (第2版)』の著者である樽本氏が登壇した。内容は『人間中心設計・利用品質・UX』に関して実例を交えたものであり、非常に分かりやすく興味深かった。
第二次大戦中、ある爆撃機では、着陸寸前に車輪を引き上げてしまう人為ミスが多発した。車輪の引き下げが効かないという故障はないにも関わらず、繰り返し事故が起きていたため、現場では「事故が多いのはパイロットの問題だ」と考えられていた。しかし、観察とインタビューの結果、車輪の上げ下げをするためのレバーとフラップの上げ下げをするためのレバーという、似た形で意味の違うレバーが近くに配置されていたため、パイロットが間違いを起こしていたという事実が判明した。つまり事故の原因はパイロットではなく、コックピットの設計にあったのである。これが現在の人間中心設計の考え方の始まりとされている。このように故障をしているわけではなく、製品品質に問題が無いにも関わらず、使用時に期待通りに使えない製品は、利用品質に問題がある。
利用品質における「その製品/機能は使えない/使いづらい」という問題は、
に分類される。これら全ての問題がない製品はなく、ほとんどの場合どこかに効果問題が隠れている。効率問題はユーザビリティテストなどでよく発見されるが、効果問題を探すことが大切である。また、その他にそもそも「その製品/機能には(使う)価値がない」という問題も存在する。そもそもその製品を開発する必要性があるのかを事前に考える必要がある。
また、利用品質の問題を引き起こす失敗原因としては、
が挙げられる。また、ゴムのユーザーとは樽本氏の著書である『ユーザビリティエンジニアリング』では「設計チームの都合に合わせてくれる伸縮自在な便利なユーザーのこと」と定義されている。
優れたUXの例として、東京ディズニーランドやiPhone、スターバックスなどが挙げられる。顧客は製品そのものではなく、そこから得られる体験(エクスペリエンス)に対して報酬を払う。経営者がUXに言及することが多いのは、エクスペリエンスは一番儲かるからである。サービスをコモディティ化させてしまっては、顧客に高い金額を払わせることはできない。
また、優れたUXを作るためには
が重要である。
そしてUXを作る手法として、様々なプロセスや方法がある。
大切なのは上流工程だけでなく、改善の部分である。改善を複数回まわさないと、ユーザーの手になじむものにはならない。
現在当たり前のように使われているSuica自動改札機だが、1995年には一度、プロジェクトに中止命令がくだっている。1995年に作成された試作機 "プロトタイプ95" の社内プレゼンにて、改札を通れたのはわずか5人に1人だったためである。その後リーディングエッジデザインの山中俊治氏の手によって改良がおこなわれ、使える改札機となり世に広まった。
"プロトタイプ95"での問題点は以下であると分析された。
そして、問題点を解決するためのデザイン要求は以下のように整理された。
そして、要求を達成する4つのプロトタイプを検証した結果、以下の性質を持つ"プロトタイプ97"が選ばれた。
また、広告などに"タッチアンドゴー"というキャッチコピーが使われた。
プロトタイプ97の社内デモの改札通過率は5人に1人から100%へ向上し、2001年に無事リリースされた。
樽本氏は「ユーザビリティエンジニアリングは観察と改良の繰り返し。エスノグラフィという手法もあるが、最近は厳密性にとらわれすぎなのでは?」という言葉で閉められた。筆者としては、ユーザーの満足度を上げる魔法の言葉のように使われがちな"UX"であるが、観察と改良の繰り返しという地道な取り組みから生まれる、ということを本講演から改めて感じ、勇気付けられた。
2007年からの日立ソリューションズのユーザビリティ/UXの向上の取り組みについて紹介された。
本事例紹介は、「他の人におすすめしたいものやサービスはありますか?」「それはなぜ?」という柳生氏の問いかけから始まった。何かをおすすめしたいと思うのは、それを使って満足したからである。
UXデザインとは、良いユーザー体験を描くことである。モノやサービスを通じてユーザーに良い体験を提供したいと考える「コトづくり」であり、ファンを増やす活動でもある。
日立ソリューションズの課題として、
というお客様の声への対応があった。
これを受けた、柳生氏の当時の上長の下記提案により、課題を人間中心設計で解決する取り組みが始まった。
ISOの定義では、人間中心設計とは「ユーザーを中心に考えること」である。つまり相手のあるものなら何にでも適応できるため「思いやり」の概念が近い。つまり取り組めば良くなるわけではなく、評価するのはユーザーであり、ユーザーが良いと言うまでフィードバックを受けて改善をする必要がある。
これまでに存在した使われないシステムには以下のようなものがある。
いずれも、アナログで処理した方がかえって時間がかからずに済むような、ユーザーへの思いやりが欠けたシステムだった。
デザイン本部(現・社会イノベーション協創センター)がパッケージソフトウェアを題材として、1年半ほど人間中心設計について開発チームと一緒に取り組んだ。主な実施内容は次のとおり。
また、HCD-net(人間中心設計推進機構)主催セミナーに参加することで学術的に学んだり、他社の事例を参考にしたりした。書籍としては樽本氏の著書である『ユーザビリティエンジニアリング』から実践的なことを学んだ。
チャレンジできる環境があったからこそできた。社内SNSや社内セミナーで情報を発信して協力者を見つけることも重要であった(情報は出す人のもとに集まる)。
以下のプロセスに則って、ものを作る前にUXを考えた。
改善する場合にはこのプロセスを反復するが、共感の部分まで戻ることはほとんど無い。
5W1Hの観点で以下のポイントを押さえて観察する。
ここでビデオによるワークを行ったが、このワークを通して、何かに注意を集中するとそれ以外のものが見えなくなるという人間の知覚の特性を理解することができた。また、柳生氏より「観察スキルを上げるためには、普段から何気ない場面でも観察する癖をつけることが大切」とのアドバイスもあった。
相手の言うことを鵜呑みにするのでなく、どうしてそういう意見があるのか深掘りする。反構造化インタビュー(聞くことは大まかに決めておき、あとは柔軟に対応する)という手法もある。深掘りをするためには、「なぜ?」を2回聞くことも有用である。
価値観や特性、能力や性格を抽出し、具体的な人物像としてまとめる。その際、システムを作ることが目的なのでITリテラシーも定義する。ペルソナを作ることで、レビューの時に「〇〇(ペルソナの名前)なら使えるかな?」という言葉が出てくるようになると、ブレずに考えることができる。
製品の購入前〜購入後のユーザーの感情をマッピングする。その中で出て来たネガティブ感情からニーズを洗い出す。
うまくいかないという声を聞くことがよくあるが、大きな要因はルールが徹底されてない点に原因がある。ルールに挙げるべきポイントは以下の4点であり、安心安全な場をファシリテーションで作る必要がある。
また、アンチプロブレム(テーマを反転させる)という手法で視点を変えることも紹介された。たとえば、販売数をあげるためのアイデアが欲しい場合、販売数を下げるアイデアをテーマとして考える。そうすると、ネガティブな人が活躍できる場ができるようになるのである。
紙に手書きでプロトタイプを作り、紙芝居にして操作手順を考える。
ユーザビリティの専門家がユーザー視点で仕様書を評価し、改善点を出す。以下の点を中心にレビューする。
ユーザーに近い人にテスターになってもらい、実際に操作してもらいながら、そのときに考えたこと、感じたことを発話してもらう。これを思考発話法と呼ぶ。思考発話法の際にテスターから言葉が出てこなかったら、発言を促すなどの工夫が必要である。もし、テスターが何か特定のキーワードを探す発言をしながら操作に迷っていたとすれば、そのキーワードが含まれたボタンを作る等の改善をするべきである。
ユーザビリティテスティングを実施すると、開発者は自分たちの作っていたものが理解されていないことにショックを受ける。
成果としては以下が挙げられた。
また、課題としては以下が挙げられた。
組織のユーザビリティ/UXを向上させるためには、以下の4点が大切である。
本講演では様々な手法を取り入れた事例が紹介されたが、自分のチームやプロダクトにより適した手法を取り入れるには、知識や経験の積み重ねが必要となると筆者は感じた。最初は失敗したり、効果が思ったように出なかったりすることも多くあるだろうが、専門家のアドバイスを受けたり、チームや顧客からのフィードバックを受けての改善を繰り返したりすることで、UXに取り組む文化が少しずつ組織内に浸透していくのではないだろうか。
本会で印象的だったのは、質疑応答の活発さである。本会で学んだノウハウを、所属企業に持ち帰ろうと意気込む参加者の熱意を感じた。基調講演の樽本氏からは著書のサイン入りPDF版プレゼント抽選会もあり、非常に賑やかな雰囲気であった。
また、本会が終わったあとの情報交換会・打ち上げを通して、参加者同士が親睦を深めていた。参加者同士の距離が近いことも、JaSST Niigataの特徴ではないかと感じた。
筆者はソフトウェアテストではなくデザインを専門としている学生だが、これまで九州や東京のJaSSTに参加して「テスト技術者だけでなく、開発チーム全体で品質について考えていく必要性」を感じていた。そして、本会を通して、普段ユーザビリティ/UXに触れる機会が少ないテスト技術者も、それに関して自分に何が出来るかを考えることが重要なのではないかと思った。本会は、職種や立場に関わらず、誰もがユーザビリティ/UXに関して考えるための良いきっかけとなったのではないかと思う。
記:山田 麻里衣 (JaSST Kyushu実行委員会 / 北九州市立大学大学院)