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2015年9月18日(金) 於 札幌市教育文化会館
今年のテーマは「攻めのテスト」である。「攻めのテスト」とは限られた時間の中でいかにバグを多く出すか、戦略を立てるかということではないかと筆者は考えており、その考えが確信に変わったシンポジウムであった。基調講演やチュートリアル、事例発表など、様々な攻めのテストについて聴講できる貴重な一日となった。
以下、筆者が受講したセッションを報告する。
JaSST'15 Hokkaidoは実行委員の根本紀之氏と小楠聡美氏によるオープニングセッションからまった。根本氏は、基調講演者の高橋寿一氏が執筆した『知識ゼロから学ぶソフトウェアテスト 【改訂版】』を紹介した。この本は改訂版を出すときに「第4章 探索的テスト」が追加されている。根本氏は日本で探索的テストについて深く書かれている本は他にないと思うので是非読んでみて欲しい、本会に参加して得られたことを自分の会社で実践して欲しいと話していた。
高橋氏は、探索的テストを薦める理由のひとつとして"開発のスピード化が進んでいること"を挙げていた。1990年頃から、アジャイル/スクラム/XPが提唱されており、今後さらに短期開発は増えていくことになるだろう。その時に従来のテストのやり方では、より早くなった開発スピードについていけず、開発スピードに合わせたテストスタイルもしくは手法を考える必要があると説明していた。
探索的テストはソフトウェアテストの手法ではなくスタイルであると高橋氏は考えている。探索的テストでも従来の手法を否定するものではなく、境界値テスト手法など様々な手法をうまく選択し実施する必要がある。それらのテスト手法を使い、スピード感をもって実施することが大事であると説明していた。
探索的テストでは以下を短い期間で同時に実行する。
短い期間で行うため、テストケースやテスト手順を1つ1つドキュメント化できない。そのため、スキルのあるテスターがテストケースをドキュメント化せずにテスト実行を行う必要がある、と説明していた。
なお、今回のレポートを作るにあたり、「テストのスタイルとはどういう意味なのか」とレポートのレビューをした方からご指摘をいただいた。そこで高橋氏に質問をしたところ、以下のようなお返事をいただいた。
講演では「探索的テストというのはテスト手法ではなく、スタイルです!」という言い方をいつもしている。
Cem Kanerの授業では電話機を持ってきて、「これはXXXの機能があるから、こういう風にテストするんだよ!」といった授業をしていた。テスト計画書を作らず、テスト対象についてのアプローチをきちんと知って、テスト実行を行なっていた。そのことから、私はスタイルという話し方が自然だと思っている。
「どういうテスト手法で、どういうふうにそのアクティビティ(テスト設計・テスト実行)をやる」というのがスタイルだと思われる。
またプロセスと混同されるかもしれないが、プロセスはよりテストというアクティビティを包括した意味になるので、スタイルよりもっと大きい枠になるだろうと考えている。
高橋氏はドキュメント化はできるだけ省くようにしたいが、戦略的方針については書くことを薦めている。なぜならその戦略的方針をマネージャーとテスト担当者で合意する必要があるからである。探索的テストの戦略ドキュメントは、たとえば数万ケースという多くのテストケースについて一つ一つPASS/FAILを書き、そのPASS率でソフトウェアの品質を決めるのではなく、ソフトウェア品質をもっと大きな枠組み(たとえばユーザーにとってどういう品質のソフトウェアが求められているかという抽象度の高い品質基準)でPASS/FAIL基準を決め、マネージャーの合意を得るためにも用いる。そうすることでマネージャーも安心できる。逆に言うとアドホックテストやランダムテストにはその戦略的方針がないため、マネージャーが安心できないテスト手法である。
探索的テストのやり方に明確な定義はなく、自分達で築き上げればいいと高橋氏は話していた。現実的にその明確な定義のなさが、探索的テストの普及を妨げているのだそうだ。そのため初期導入段階ではあまり深く考えずに、いかに安く早いサイクルでテスト活動を行えるかを考えるということであった。実行しながら、探索的テストの優位性を証明するのは探索的テストを成功する秘訣の一つである。短いサイクルでテスト設計・実行を行うので、すぐにコストが削減されたことや、より多くのバグが見つかることが体感できるはずだと高橋氏は説明していた。
最後に、探索的テストのスキルセットについてよく質問されると高橋氏は話していた。テスト手法への深い知見、その製品ドメインに対する知識、あとテスターにもプログラミングのスキルがないとなかなか探索的テストは成功しない。ディベロッパーがどういう風にコードを実装し、どういった要求仕様の実装が難しいのかを想像することや、ディベロッパーと話し合うためにもプログラミングスキルは必要だと高橋氏は説明していた。
筆者は本会終了後、高橋氏に直接質問する機会があり、戦略的方針は探索的テスト実行中に変更してよい、もしくは積極的に変更すべきだと聞いた。ウォーターフォールモデルの欠点は、最初想定した開発に齟齬が発生したときに、そのやり直し工数が肥大化する問題がある。それはテストにおいても同様で、探索的テストはテストの最中に戦略方針変更を容易にする。従来のテスト手法ではそれができないのではないかと教えてくれた。
筆者は探索的テストについて以前から関心を持っており、業務にも積極的に取り入れている。以前にも高橋氏の探索的テストをテーマとした講演を聴講していたが、自分自身の仕事に落とし込むことに苦労している。今回のセッションを聴講して筆者の思う探索的テストについての考えを再確認することができた。「考え込みすぎず、各々にとってベストなテスト戦略を作ればよい。」という言葉に筆者は勇気づけられた。筆者自身テスト戦略を立てることが弱いと感じているため、今後も勉強を続けながら少しずつ実践したいと思った。
午後のセッションはJaSST'15 Hokkaido実行委員長である上田氏のJSTQB Advanced Levelの受験についての内容であった。試験勉強のための時間を育児や仕事もある中で確保して効率よく勉強するためには工夫することが大切だと話していた。
上田氏はシラバスをベースに社内SNSにシラバスのまとめを展開し、仲間と情報をシェアしながら学習を行なったそうだ。前半の章に時間がとられ過ぎたため、後半はまとめて駆け抜けるしかなかったが、なんとかまとめることができたそうだ。
筆者の知人のAdvanced Level受験経験者から試験は大変だけれども問題がとても面白いという声を聞いている。資格試験で面白いという声があがるのはそうないと思うので、テスト技術者はシラバスを読むとよいのではないかと思った。タイトルは「合格への道」としているが、合格だけが目的なのではなく、シラバスの内容を習得した上での合格を上田氏が目指していたのがよいと思った。
このセッションでは、2件の事例発表があった。探索的テストもペアテストも事例を聞くのは初めてであり、工夫点など非常に有益であったと思う。
探索的テストを単機能テストの前に取り入れたという事例発表であった。依頼のあったメーカーから、先に軽くテストをして欲しいという要望があり、探索的テストを取り入れたと説明していた。テストチャーターを作成する際にISO25010の品質モデルを利用することで、利用者品質を含めた幅広い観点でテストできるように工夫していた。他にも、属人的にならないようにテスター間で情報共有ができるように、毎日集まり今抱えている問題や現象、調べている機能などを話し合うようにしたということだ。
藤村氏の現場では、開発者の不具合以外にユーザビリティも指摘して欲しいという要望と、テスターがテストを実施するにあたり、操作がよくわからないという問題があった。双方を解決するためにペアテストのトライアルを実施したという発表であった。ペアテスト実施中にもう一人記録係を配置し、テストに集中してもらうように工夫したそうだ。藤村氏はペアテストが効率的であると感じたそうだが、3人で実施すると工数も増えてしまうため、使いどころは考える必要があると説明していた。
ペアテストを行うことで不具合検出率があがったことや、システム操作の理解が深まるだけでなく、チーム全体の活性化につながったことがとてもよいと感じた。
このセッションでは7人のトーカーによるライトニングトークスが行われた。トーカーのテーマは、探索的テストやリモートワークに関すること、テスト設計本を自ら製作しコミックマーケットに参加することでの効果や日本語をレビューした時の話、テスト管理ツールを導入するときに気を付けることなど、多種多様な話を聞くことができた。トーカーは北海道から九州まで様々な地域から参加していたため、楽しく有益な時間が過ごせたと思う。
筆者もトーカーとして参加し、自分自身が普段の仕事について、おにぎりを試食している人に例え、テスト対象をより深く理解するための工夫点や、開発者とよりよい関係を築くための工夫点を発表した。ライトニングトークスは準備時間もそれほどかからず気軽に参加できるので、もっと多くの人が参加するとよいと思った。
こちらはJaSST Hokkaidoの名物となっているセッションである。ビブリオバトルとは、トーカーが面白かった本を決まった時間で紹介し、最後に聴講した参加者がもっとも読んでみたい本を投票する。
司会は毎年室蘭工科大学の学生が行なっているのだが、堂々たる司会ぶりで驚いた。今回は5人のトーカーが出場した。こちらもライトニングトークスに続き、多種多様なジャンルの本を紹介しており、どの本も読んでみたくなる内容であった。
今回は根本氏が紹介した「ゲーミフィケーション」が選ばれた。根本氏は感想を求められた際に、社内でも本を読まない人が問題となったときに社内でビブリオバトルを実施したという話をした。本の紹介だけでは面白くないがビブリオバトルをすることでモチベーションをあげることができた。物事を面白くすることは大事だと思うと話していた。
最後に聞いたセッションは、ユーザビリティとユーザーエクスペリエンス(以下UX)についてのセッションであった。筆者もUXについて他の講演を何度か拝聴しているのだが、企業に勤めている方の講演は初めてであったため、とても新鮮に聴くことができた。
相沢氏は時代の変化の中でソフトウェアもサービスとして提供される機会が増えてきたことを指摘し、サービスとしていかに意識して、良いものを提供するか考えることが大事だと説明していた。ソフトウェアの場合はユーザビリティを意識することが多く、ユーザビリティはUXの要素の一つであるという。
よりよいUXを提供できると、経営的課題に踏み込むことが可能になる。例えば、現在使っているサービスにプラスのオプションがあり、どうすればお金をかけてでも使いたいと思うようになるのか、など。UXは実体がわからないものではなく、きちんと考えて実践出来るようになって欲しいと相沢氏は話していた。
実行委員長である上田和樹氏がクロージングセッションを担当した。 JaSST Hokkaidoは今回で10周年を迎えたこともあり、過去10年のJaSST Hokkaidoを振り返る形で話していた。
上田氏は、10年前はテスト技術者という職種自体が存在できるのかということを疑問に思っていたそうだ。10年の間にソフトウェアやエンジニアリングは進歩している。この間に様々な方に登壇していただいたり、室蘭工科大学の学生にビブリオバトルを担当してもらったりしている。学生からは「大人ってかっこいいですね。」と言われた。シンポジウムを続けてきてよかったと上田氏は話していた。
上田氏は今後のJaSST Hokkaidoは北海道だから出来るコンテンツを増やしていきたいが、引き続き攻めの意識を忘れずに現場にとって嬉しい情報を提供したいという言葉で締めくくっていた。
記:福田 里奈(JaSST Kyushu実行委員会)