HOME > 活動報告 > イベント報告 > JaSST'14 Niigata

イベント報告
 ソフトウェアテストシンポジウム 2014 新潟

2014年4月11日(金) 於 朱鷺メッセ国際会議場中会議室 302B

ソフトウェアテストシンポジウム 2014 新潟

満開となった桜が春を告げた新潟で4回目となるソフトウェアテストシンポジウム2014新潟が開催された。

シンポジウムの冒頭で司会である三浦氏、そして浅見実行委員長から、今回のテーマ設定について説明があった。
これまでのJaSST新潟では、テスト、品質改善など主にエンジニア個人のスキルの向上を目指すテーマで開催してきた。しかし、高いスキルを持つメンバーが集まったチームでも欲しい結果が出せないことがあり、さらには、スキルはそう高くないメンバーが集まったチームでも結果を出す場合もある。そこで、個々のメンバーの力を結集してプロジェクトや業務のミッションを果たす"チームの在り方"とはどのようなものなのかを把握し、チームとしてテストや品質に取り組むため「チームビルディング」をテーマとしたとのことである。

基調講演はPS(Partner Satisfaction:パートナー満足)研究会代表であるデバッグ工学研究所 松尾谷徹氏の現場力とその計測・磨き方の解説、次に同じくPS研究会メンバーでフェリカネットワークス 増田礼子氏が加わり、働きやすいチームを作るためのチームビルディングやリーダーシップのあり方を体験するワークショップが行われた。
当初の会場は会話もほとんどなく硬い雰囲気であった。しかし、基調講演による解説からワークショップによる実体験と進むにつれて、質問や受講者間のコミュニケーションが増え、終了時には受講者同士の名刺交換と談笑が終わらない和やかな雰囲気になるなど、チームビルディングの重要性とそのチカラを体感できたイベントであった。
以下に主なコンテンツの概要を記す。

基調講演
テストの前にチームの現場力をデバッグ!!~現場力を計測し、合理的な磨き方を学ぶ~
PS研究会代表 デバッグ工学研究所 松尾谷 徹氏

1.2つのアプローチ

なぜ現場力なのか?について松尾谷氏は、

テスト技法やテストプロセスなどの知識はここ10年で飛躍的に高くなったが、その実践面で停滞気味であると感じる。エンジニアの哲学として「効率の理論」が強く、「人間の理論」を見落としているのではないか?

との課題意識を示した。

これは、テストエンジニアが実践に必要な技法やノウハウを身につけたとしても、それをチームとして実践し、成果をあげるには"人間の理論に基づく現場力"が不可欠になるのではないか、という意味に捉えることができる。

テストに深く関わると、問題意識や必要なスキルは深化する。これは工学アプローチの基本であるが、その結果「木を見て森を見ず」、つまり部分最適化の罠にはまってしまう可能性がある。そのことを示す典型的な現象として、他のことに興味を持たなくなる、個々の対策を一生懸命にやるものの、効果がバラバラで持続性がなくなる、などが挙げられる。
この場合必要になるのは、深化とは逆の広く見るアプローチ「シンセシス(synthesis)」である。

この課題意識を裏付ける根拠として、Barry Boehm氏が見積手法COCOMOで示したソフトウェアの生産性を決める要因とその追証のために松尾谷氏自らが関わってきた研究結果(論文などのデータ)を示した。
規模、難易度、新規・改造などの"人"以外の諸要因と生産性の間には大きなばらつきが存在するものの、チームの能力、つまり"人"要因と生産性との間には強い相関がある。
そして、COCOMOで生産性に与える影響が最も高い要因は「個人・チームの能力差(係数4.16)」であり、2番目の「プロダクトの複雑さ(係数2.36)」や3番目の「信頼性要求度(係数1.87)」の約2倍の影響力を持つ。

ソフトウェアは"人"が大いに介在する技能的な活動であるため、「効率の理論:テスト技法やプロセス改善」と「人間の理論:モチベーションや現場力」の両面で考える必要があるが、現状は後者を見落としているのではないか。ソフトウェアの生産性や品質に対して「人間の理論」は「効率の理論」と同等、あるいはそれ以上の影響力を持つものである、と主張した。
※講演スライドではこのことを、テスト界隈でよく使われる表現"テスト観点漏れ"を活用した比喩として「観点漏れ」と表わしたとのこと(質疑応答で確認済み)

2.プロジェクトの成否と現場力

「人間の理論」の重要性を示しつつ、現場力の定量化はどのように行うのかの事例を、尺度化した現場力とプロジェクトの成否の関係を示す実証研究データとして紹介した。

現場力は「現場で発生する問題を自ら解決するチームの能力」と定義し、問題を問題として捉える「問題認識」、原因を調べ、良い対策を得ることができる「原因究明」、チームとして対策を実践し完了することができる「実行と持続」に分解したが、これらは直接測ることができない。そのため、以下の5つの要素からなる概念モデルで計測するとのことである。

①仲間意識  ②役割意識  ③規範意識  ④成果意識  ⑤環境意識

プロジェクトリーダやマネージャ、あるいはメンバーにこれらの要素を確認する28問程度の質問に回答してもらい計測した結果、

  • 20プロジェクトを対象とした分析(事例1)では、プロジェクトの成否に対して95%の判別率(*1)
  • 55プロジェクトを対象とした分析(事例2)では、プロジェクトの成否に対して82%の判別率

を獲得した。
*1:判別率とは、プロジェクトの成功、失敗を予測し、実際にはっきりと見分けることができたプロジェクトの割合

当初はここまではっきり判別できるとは想定しておらず、かつ数値通りの影響力であるとは限らない場合もあると考察したが、あらためてその影響力が大きいことを確認できた。
この影響力を活用するとソフトウェア生産性・品質の向上に効果が期待できる。

3.「人間の理論」とその基礎

「人間の理論」を活用するためには、それが具体的にどのようなものなのかを知る必要がある。人間の理論がどのように認識されてきたのか、現状はどのような考え方なのかを整理した。

  • 20世紀前半:伝統的管理論(人間機械論・効率優先)
    テイラーの科学的管理法を代表として、労働者は賃金収入の最大化を目指し経済的動機で働くと認識されていた。
  • 20世紀中頃~:人間関係論が生まれる
    ホーソン工場の実験などから、人間は機械的な扱いではなく、コミュニケーション・人間関係を重視した社会的生き物で、社会人としての欲求を無視できないという認識に変わった。
  • 現代:自己実現の仮説に基づく組織行動論へ
    単純作業から職務拡大へ、集権型から考える小集団へなど、労働生活の質(QWL:Quality of Working Life)を高めるために職務そのものへの諸意欲を活性化することに重点が置かれるようになった。

社会的には以上のような流れであるが、ソフトウェア業界では人月単価契約や効率重視の人間機械論が根強く残っており、一部でコミュニケーション重視のアプローチがあるレベル。QWLを向上させるにはまだ遠い。その根本原因は専門に特化しすぎたエンジニアマインドにあるのではないかと伝えた。

4.ITエンジニアの意欲

ITエンジニアにも人間関係論が必要という問題意識から2002年にPS研究会を設立。
IT系企業では、プロパーだけではなく協力会社などさまざまな組織のメンバーが働いている。そのため一般的なES(従業員満足)とCS(顧客満足)ではなく、PS(パートナー満足)に着目したとのこと。
モチベーションを職務満足度、仕事意欲、精神健康(ストレス反応)の3要素で表現した59問5択の質問票を配付し、収集・解析した。(これまでにのべ3300件)
その結果、個人のモチベーションに影響を与える7つの因子:モチベーションドライバーを特定し、これまでに調査・分析結果を各種学会・シンポジウム、雑誌などで発表している。

7つのモチベーションドライバー
①自己実現・スキルアップの可能性  ②自分への評価  ③リーダの資質・人柄  ④コミュニケーションの状態  ⑤プロジェクトの運営体制  ⑥業務上のストレス ⑦業務外のストレス

分析結果を示した際の関係者の典型的な反応は「そんなことはわかっている。そんなことよりもどうやったら解決できるのか教えてよ!」だそうである。
そのため、職場改善に向けたメソッドの開発や展開を行っている。
このあとのワークショップはメソッドの一端を体験してもらうものであるとのこと。

5.まとめ

ITエンジニアマインドは他の分野に比べて「人間の理論」が欠如ぎみである。
効率の追求が人間機械論、つまり人間を機械のように扱う傾向を強めることを認識し、注意しよう。
効率の追求だけでなく、人の側面からのアプローチを加えるとさらに成果が得られる可能性が高い。忙しい毎日だからこそ、ときには自分自身や働く仲間のQWLについてちょっと考えることが大事である。

ワークショップ
現場力とチームビルディング~チームを作って、磨いていくために~
PS研究会代表 デバッグ工学研究所 松尾谷 徹氏
PS研究会 フェリカネットワークス 増田 礼子氏

基調講演で解説された内容を実感するためのワークショップ。
進行は主に増田氏が担当し、松尾谷氏が側面から支援する形式で進められた。
増田氏自らがPS研究会の支援を受けてフェリカネットワークスで経験したことを交えた解説とポイントを把握するための各種ワークが相まって納得することが多く、わかりやすい内容であったと感じた。

1.チーム形成
  • ワークを進めるに当たり、実行委員会のメンバーを含めた会場の受講者全員を7つのチームに分け、席を移動。

・Work A:偏愛マップを使って自己紹介
知らない人との間にある氷の壁を壊す「アイスブレイク」を実践する。
各自で偏愛マップ(明治大学・齊藤孝氏の書籍を紹介)を描き、自己紹介を行った。

2.仕事とモチベーション
  • スキルとモチベーションの関係を図で説明。(基調講演でも説明済みのものを再掲)
    スキル(タンクに入っている水量)とモチベーション(タンクにつけられた蛇口の締り(開き)具合)は独立しているのではなく連携している。仕事の成果(蛇口の下にあるバケツへの排出水勢と量)はスキルとモチベーションに左右されるが、どんなにスキルが高くてもモチベーションが低ければ仕事の成果は上がらない。
  • ホーソン実験により集団のモチベーション、つまりチームの力によってパフォーマンスが変わることが判明。ここから人間関係論が生まれた。

・Work B:人生やる気曲線
まずは横軸に時間経過、縦軸にモチベーションの高低を表す座標に、各自がこれまでの人生でどのような出来事の際にモチベーションがどう変化したかを記載した。
その結果をチーム内で発表し合い、共通となる出来事や各自の特徴などを理解した。
※筆者が所属したチーム5では、転校、就職、転勤・転職、昇進、結婚、子供の誕生などが共通の影響要因であった

  • モチベーションはコントロール可能。モチベーション変動要因には内因と外因があるが、圧倒的に外因が多い。外因にはプラスとマイナスの2種類のストローク(影響を与える刺激)がある。
  • 心の健康状態により、ストロークによる影響が変化する。元気な時はマイナスのストロークを跳ね返すこともある。一方で元気がない時はプラスのストロークさえ受け入れられないことがある。
  • まずは個人として、マイナスのストロークを跳ね返す、元気がない時にプラスのストロークをたくさんもらって回復する方法を持っているとよい。これまでの自分の人生を振り返ると、自らのモチベーションが何の要因で変化するのかについてヒントをもらえる。
  • 職業人は職場から強いストロークを受ける。だからチームのモチベーションを維持し、高めるチーム文化が重要。良いチーム文化を作り、メンバーにプラスのストロークを与え、メンバーとチームのモチベーションを維持、パフォーマンスを高める。
    その際に鍵になるのは「チームとしての目的の共有」と「お互いの役割と関係性」。
3.チームビルディングの事例

増田氏がフェリカネットワークスで経験したチームビルディング事例を紹介。

  • 初回のチームビルディング研修やその後の研修プログラムにより、ピリピリしていた雰囲気がコミュニケーションしやすい雰囲気に変わり、仲間意識が高まっていくのを実感。
  • しかし、盛り上がった意識は時間と共に変化(減少)するため、定例的に研修や簡単な共同ワークを実施するなどコントロールが必要。特にタックマンモデルにある形成期が騒乱期に向かうのを回避することが重要。
  • チームビルディングが成功した理由として、人との違いを理解することや自分や相手が言ったことをありのまま理解することは重要であるが簡単ではないことを再認識するところから始めたこと、合宿などはあくまでもきっかけにすぎず、日常業務の中で自らチームを作っていくものだという認識の共有・定着があったこと、そしてお互いの意見や議論がしやすい環境を作ったことが挙げられる。
  • 何から始めるのが良いのか?については、身近な、小さな範囲から始めること、チーム発足の早い時期から始めること、そして司会をメンバー全員で回しながら運営するなど全員参画の場を作ることがポイント。
  • チーム力向上の大事な効果の一事例として、コミュニケーションが重要ということがチームとしての文化に定着すると、途中でメンバーが多少変化しても定着した文化は引き継がれ、揺るがなくなることが挙げられる。
  • チームビルディング演習の例として、レゴを使った理想のソフトウェア開発プロジェクトのモデリングが紹介された。
4.リーダーシップとモチベーション
  • リーダーシップ研究は当初リーダ本人の「資質・能力」によるもの、から「行動」を中心としたスタイル・パターンへ移行した。
  • 日本におけるリーダーシップ研究事例として「課題達成機能:P(Performance)機能=効率の理論」と「集団維持機能:M(Maintenance)機能=人間の理論」の2つの因子で評価するPM理論を紹介。
    PM、Pm、pM、pmのようにP機能とM機能の大小によりリーダーシップのパターンを分類し、メンバーとの関係性で働きやすさを分析することができる。

・Work C:PM測定
配付されたPM調査紙の質問事項に各自で回答し、苦手な上司と良かった上司のパターンを把握した。さらにチームメンバーの回答結果を集約し、IT業界の特徴としてどのようなパターンの上司が良いのか、苦手なのかを把握した。
※これまでの分析ではIT業界では"M機能(人間の理論)が欠如、不足するリーダ"が苦手な傾向にあるという結果が出ている。

  • 自らがリーダに期待する期待値が著しく高く、知覚したリーダの実際とのギャップが大きいほど苦手な上司と認識する傾向が高い。しかし、相手(苦手な上司)が自分の期待に沿うように変わってくれる可能性は非常に低い。よって、苦手な上司に対する対策としては、自らがリーダに期待する期待値を低くするのが有効である。
  • 現代はいつも同じ対応を取る直球ばかりのリーダでは通用しない。このPとMを局面によって使い分ける、時には変化球を投げてみるのが、これからのリーダに求められる姿である。
5.対人スキルのまとめ
  • 褒めるとは、相手の気持ちを受容し、同じ感覚を共有、うなずく・笑顔など簡単な動作で仲間としての存在を認める(存在承認)ことが必要。
  • 相手に対して立腹した感情をぶつける「怒る」ではなく、相手を良くするための注意やアドバイス「叱る」が大事。ただし、「叱る」には「怒る」と区別できない場合があることに注意。叱っても日頃の関係性により、相手が受け入れてくれるかどうかの度合や効果が変わる。
  • 相手に向かい合い、ちゃんと内容を聴いている、感情的にも理解したことを伝える「傾聴」が求められる。

・Work D:極意-ワークショップふりかえり(決意表明)
受講者各自が今回のワークショップを通じて感じたこと、考えたことを「すぐに実践しようと思うこと」と「相当大変だが頑張って実践しようと思うこと」に分けてまとめる。
その結果をチーム内で発表し、共有した。

おわりに

筆者の経験則でも、「人間の理論」がソフトウェアの生産性や品質に大きな影響を与えることは実感しており、非常に納得する内容であった。一方で「人間の理論」だけでアプローチしても一定レベル以上の結果を出すことはできないのも痛感している。
タンク(スキル)と蛇口(モチベーション)の例えで示されたとおり、「効率の理論」や「人間の理論」のどちらか一方だけが重要ということではなく、組織やチームとして成果をあげるためには「両面」が必要であると理解した。
「効率の理論」への取り組みが十分存在している場合は、それを"個人→チーム→組織"と価値ある取り組みとして拡げるのが「人間の理論」となる。一方、「人間の理論」だけが先行している場合は、人やチームで「効率の理論」を学び、実践に移すことが必要になる、と受け取るのがよいのではないか。
自らの状態に応じて、これまでのJaSSTで発信された「効率の理論」と実践事例、そして今回の解説とワークショップで発信された「人間の理論」とメソッド、取り組み事例を、日常の活動に少しずつ取り入れ、実践してみることが第一歩になるだろう。

今回のJaSST'14新潟で一つ残念に感じたのは、地元発信の場面がなかったことである。
筆者は地域の有志によるJaSST運営の大変さと、地元発信の場面を作り出すことが決して簡単ではないことを実感している一人である。だからこそ、これまで各地域JaSSTやJaSST新潟で取り扱ってきたテスト技法や品質改善などの「効率の理論」、そして今回の「人間の理論」の両輪を地元の関連コミュニティやエンジニア、チーム・組織が実践し、JaSST新潟で発信することがあたり前になる日が来ることを期待し、この報告を終わりにしたい。

記:安達 賢二

[ページトップへ]