HOME > 活動報告 > イベント報告 > JaSST'11 Hokkaido

イベント報告
 ソフトウェアテストシンポジウム 2011 北海道

2011年10月21日(金)於 札幌市教育文化会館

ソフトウェアテストシンポジウム 2011 北海道

北はこの北海道、南は九州まで全国規模で開催されているソフトウェアテストシンポジウム、JaSSTであるが、北海道はその参画も大阪に次いで早く、2006年より数えて今年で6回目の開催となった。冒頭、実行委員会の秋元氏より紹介されたJaSST北海道のテーマは「現場で活きる」シンポジウム。ワークショップや事例発表に焦点をあてたプログラム構成からも、その意気込みがうかがえた。

基調講演はJaSSTの母体となるASTERのさまざまな催しで活躍されている吉澤智美氏による、「テスト開発レトロスペクティブズ」 -みなさん、そのテスト楽になってますか?- 。「レトロスペクティブズ」とは聞き慣れない言葉であったが、「ポストモーテム」と同義の「振り返り」という意味をもつアジャイル文脈でよく用いられる用語とのこと。その意味のとおり、本基調講演では「テスト開発」をさまざまな角度から振り返る構成が採られた。また、冒頭では事前配布された資料を用いた簡単な実証実験も行われた。結果、「事前配布された資料はあまりしっかり読まれない」という吉澤氏の仮説は立証されたようだ。どんな実験であったか、は是非ご本人へ直接尋ねてみて欲しい。

まずは吉澤氏個人の振り返りとして、日本電気で関わられた統合開発環境やデバッガの開発を通じて得られた「自分の使う道具をよく知っておく」「技術の限界を知っておく」という技術者として備えておいてほしい特性を紹介。また「社内外での人脈を最大限に活かし、得られた知見を双方向へフィードバックする」ことの重要性について触れられた。ひきつづき、この10年に発行/開催された書籍/セミナーを通じて語られた技術についての振り返りがあった。非常に印象的であったのが、'94のセミナーで松尾谷氏が採りあげたテーマが「テストの難しさと技法、場合の数の問題、同値分割と境界値、CFD、状態遷移」であったこと。これは15年以上を経た現在でも勉強会やセミナーのテーマとして頻繁に採り上げられる技術であり、改めてソフトウェアテストという基盤技術の奥深さを感じることができた。また、全国で開催されているJaSSTのそれぞれの地域における特色について、これまでのプログラムに含まれるキーワードやセッション内容からその傾向を解析された結果を紹介。北海道は「ユーザビリティテスト、スープカレー(*1)」、東海は「独立検証、AUTOSER」、関西は「テスト技術、教育、レビュー」、四国は「テスト技術、メトリクス」、九州は品質、クリティカルデバイス」と、非常に興味深い結果をみせた。本節のまとめとして、「テストの進化はまだつかみにくいが、ソフトウェアの進化がはやいのは実感できると思う。どれだけキャッチできているか?どれだけ活かせているか?」を常に自らに問いかける事が重要と述べられた。

続いて図表によるテスト、バグをたたき出すためのアプローチ、「ちゃんと」テストすることの難しさについて入力、 出力、環境と異常系の処理という4つの観点を用いて解説。異常系のテストの割合について会場に問いかけたところ、3、4割という答えが最も多かった。「ちゃんと」テストするための具体的なアプローチとして、ゆもつよメソッド、HAYST法-FV表、NGT、など先進的なテスト方法論についても紹介した上で、「どう適用していくか、を考えておかないと方法論だけ聴いても現場で活用できない」と、実際に活用する上で必要な姿勢について述べられた。引き続き、テスト開発プロセスの紹介、どのぐらいテストしたらよいのか?という開発現場において常に課題となるテーマについて、吉澤氏自身が策定に関われたESQRをとりあげテスト終了判定に使える数々のメトリクスを紹介。ESQRは実際の企業のデータに基づいて策定されており、具体的な数字が示されているためついそのまま適用したくなってしまうが、「ESQRを使うときは数字をそのまま使わないように注意。これでやれ、ではない、あくまで目安」と注意を促した。

基調講演最後のテーマは、演題にもある「テストで「楽」になるのか?」という根源的な議題について言及。「ソフトウェアを取り巻く環境の変化によって、端的には楽になっていない」としながらも、「せめて、枕を高くして眠れるように」自信をもってリリースできるために、テストを。リリース後のバグに対応している時間を、新製品の開発、テストに注力する。と、実プロジェクトにありがちな不安を払拭するための実践的な手段としてテストを有効活用することを提言され、基調講演は幕を閉じた。

事例発表の前半は小楠 聡美氏による「実食!スープカレー!! ~スープカレー表を使った画面の大規模改修事例~」。「スープカレー表」とは、北海道有志による勉強会の成果で縦軸に機能、横軸にユーザ観点(非機能)を置き、テスト観点を網羅的に洗い出す、というもの。これを旅行会社向けASP基幹システム開発という実プロジェクトおいて、ユーザビリティの改善に用いた事例の発表がなされた。シンポジウムにおける発表としては珍しく、(データはサンプルとはいえ)本当に運用されている操作画面を用いて具体的な改善事例を示されていた点や、ユーザ問い合わせをスープカレー表の交点にマップすることで把握できた原因をレビューチェックリストに応用し、開発の上流工程から非機能要件を鑑みた成果物の作成を促すなど、テスト分析の枠を飛び出て方法論自体を進化させた事例はまさに驚愕の一言であった。

事例発表の後半は原 佑貴子氏による「品質エンジニアの思考回路 -コードインスペクション編-」。原氏自身が所属されている日本IBMで開発された「IBM-QI法」の実演として、5000ファイルものjavaコードを30分という発表時間の中で実演するというこちらも驚愕の内容。手慣れた操作で各種ツールを用いてコードを分析していきながらも「LOC、コメント率などの分布をみる」「if/elseがリニアに伸びるのは生成ツール、elseがないコードは条件漏れの可能性大」など、ご自身の知見を作業と並行で紹介。大規模ソースコードを前に静的解析ツールから得られたデータに基づいて仮説と検証を繰り返し、その経験を蓄積していくことで品質エンジニアを育てていく、と現場の品質保証組織のマネージャにとっても有益なコメントを添えられた。

60分間で10本以上用意された技術カンファレンス恒例企画、ライトニングトークスでは、明石大橋に登った経験からの思考法の整理や、現場感あふれる受け入れテストの改善事例、手書きマインドマップのTIPS、テスト設計コンテストへの参加とその準備の経緯の紹介、ベストではなくワーストプラクティスから攻める、というバグ票ワーストプラクティスプロジェクトの紹介など、多彩な発表が行われた。

午後の目玉は架空のスマートフォンアプリケーション、その名も「なまらそろばん」の要求仕様書を元に初心者向け、経験者向けにわかれてのワークショップが開催された。記者は経験者向けに出席、こちらは事前に各々のテスト分析、テスト設計を記述し、それを持ち寄るという、さながらテスト設計コンテスト野試合といった様相を呈していたが、参加者のほぼ全員が各々独自の理論で構築された成果物を披露することが出来たようだった。持ちよった成果物に含まれるテスト分析/設計の課程をグループ単位の成果物に昇華させ、新たなテスト観点を生み出すという野心的な試みは、実行委員によって緻密に設計されたプロセスとガイドラインによって一定の成功を収めることができたようだ。宿題前提のワークショップはまだまだ少ないが、ある程度のハードルを用意することによってワークショップ全体の質を高めることができるアプローチは主催者、参加者の双方にとってメリットが大きいと感じた。

プログラムの最後を飾る招待講演には、夕張希望の杜 村上 智彦氏による「病気にならない為の知恵」。冒頭では、「日本の高齢化は23%。夕張市高齢化率40%。2050年で日本全体が夕張になる」、「死亡率4位は肺炎。80歳をこえると一気に死亡率が高まる。なのに予防接種は10%以下」「マスコミは医療の充実と言いますが、医療費と病院の数の相関率は10%。あまり関係ありません」など、具体的な数値を示しながら聴講者が普段なんとなく思っている常識を次々に打ち破る。健康とは何か?リスクマネジメントとは何か?といったテーマに続き、WHOによる健康の定義、長野発祥のPPK運動や、ジャパニーズ・パラドックス等を取り上げ、締めくくりに「医療は目的ではなく手段。医療を目的にした瞬間、病人になってしまう」「ITも手段であるはず。ここを取り違えて日本では不具合がたくさん起きている」「『何かあったら』、では思考停止。必ず起きるものとして、リスクを受け入れる」と、日本人の典型的な医療観、リスクへの姿勢に対し警鐘を鳴らし、招待講演は幕を閉じた。

ソフトウェア開発における品質保証、ソフトウェアテストと医療の類似性は多くの識者が指摘するところであり、現場の医師としていまもっとも活躍されている一人である村上氏の言葉は、会場にいた多くの品質エンジニア、日々「電子の病」と戦う技術者に勇気を与えたことだろう。

「JaSST DO IT」とは、JaSST'11 Hokkaido のテーマとして掲げられたスローガンであるが、まさに、主催者、登壇者、参加者が一体となってこれを体現したシンポジウムであった。

*1 「スープカレー」は北海道有志勉強会によるテスト分析/設計技法である「スープカレー方式」の発表や事例紹介によるもの

(記:松木 晋祐)

[ページトップへ]